Disce gaudere. 楽しむことを学べ

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Seneca
セネカ

語彙と文法

「ディスケ・ガウデーレ」と発音します。
disce は「学ぶ」を意味する第3変化動詞 discō,-ere の命令法・能動態・現在、2人称単数です。
gaudēreはgaudeō,-ēre(喜ぶ)の不定法・能動態・現在です。中性・単数の名詞扱いします。disceの目的語となります。
「楽しむことを学べ。」と訳せます。
セネカの『倫理書簡集』(23.3)に見られる言葉です(リンク先に原文と解説があります)。

この言葉の導入部分

この表現の直前に次の言葉があります。

Hoc ante omnia fac, mī Lucilī: disce gaudēre.

言葉の解説は次の通りです。

「ホク・アンテ・オムニア・ファク・ミー・ルーキーリイー・ディスケ・ガウデーレ」と読みます。
hocは指示代名詞hic,haec,hoc(これ)の中性・単数・対格で、facの目的語です。
anteは「~より前に」を意味する対格支配の前置詞です。
omniaは「すべての」を意味する第3変化形容詞omnis,-e の中性・複数・対格です。ここでは名詞として扱われています。ante omniaで「すべての前に」、「何よりも先に」を表す副詞句を作ります。
facは「行う」を意味する第3変化動詞faciō,-ere の命令法・能動態・現在、2人称単数です。
mī は所有形容詞meus,-a,-um(私の)の男性・単数・呼格です。Lūcīlīにかかります。
LūcīlīはLūcīlius,-ī m.(ルーキーリウス)の単数・呼格です。-iusで終わる第2変化名詞の単数・呼格は-ieでなく-īとなります。Vergiliusも単数・呼格はVergilīとなります。

全体を続けると、「何より先にこのことを行いなさい、わがルーキーリウスよ。楽しむことを学びなさい」となります。

『倫理書簡集』(23.3)の言葉です。原文に照らすと「楽しむことを学ぶ」とは「虚妄に喜ばぬこと」を心得ることだとわかります。

Disce(学べ)を用いた格言あれこれ

表題のDisce gaudēre.(楽しむことを学べ)は短く印象的な表現で、セネカの書簡集に見られる言葉です。楽しむことくらい誰にだってできると思いますが、心底何かに夢中になっているか?と我が身を反省すると、そうでない自分を発見するかもしれません。その意味で、セネカのこの言葉は、鋭い逆説になっています。

ちなみに、梨木香歩氏の『村田エフェンディ滞土録』 の中では、愛すべき鸚鵡が絶妙のタイミングでこの言葉を繰り返し、周囲を驚かせます。

disce (学べ)を用いた格言といえば、Disce aut discēde. (学べ、さもなくば去れ)が有名です。disce と discēde は発音が重なりあうので印象的に聞こえます。Aut disce, aut discēde.の形でも知られます。

Disce libens.というラテン語もあります。「喜んで学べ」という意味になります。「楽しく学べ」と訳してもよいでしょう。「楽しむことを」学べというのでなく、「楽しんで」学べという点で表題のラテン語(disce gaudēre)とは一味違います。これはアウソニウスの言葉です。

ウェルギリウスに Ab ūnō disce omnēs.(一からすべてを学べ)という言葉があります。原文ではトロイアの落ち武者アエネーアスがトロイ陥落のエピソードを振り返る場面に出てきます。「さあ、ダナイー人の計略を聞いてください。この一つの悪事からすべてを察してください」(『アエネーイス』2巻)。ダナイー人とはギリシア人の別名です。

原文を念頭におく限り、日本語で言う「一を聞いて十を知れ」とは別のニュアンスを持つことがわかります。しかし、現代の欧米人の一般的な解釈(From one, learn all. 等)はむしろこの日本語の意味に近いです。

つまり、2000年の歳月の中で有名になった言葉とは、しばしば本来使われた意味とは異なる意味を持ちながら、現代そして未来に継承されていくように思われます。

Ars longa, vīta brevis. もそうですね。本来は「医術は長く人生は短い」という意味でした。
Seneca

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この記事を書いた人

ラテン語愛好家。京都大学助手、京都工芸繊維大学助教授を経て、現在学校法人北白川学園理事長。北白川幼稚園園長。私塾「山の学校」代表。FF8その他ラテン語の訳詩、西洋古典文学の翻訳。キケロー「神々の本性について」、プラウトゥス「カシナ」、テレンティウス「兄弟」、ネポス「英雄伝」等。単著に「ローマ人の名言88」(牧野出版)、「しっかり学ぶ初級ラテン語」、「ラテン語を読む─キケロー「スキーピオーの夢」」(ベレ出版)、「お山の幼稚園で育つ」(世界思想社)。

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