Carpe diem. カルペディエム:一日の花を摘め

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Carpe diem. カルペディエム:一日の花を摘め

「カルペディエム」はローマの詩人、ホラーティウスの詩の中の言葉です(『詩集』第1巻第11歌)。

Carpe diem.の文法解説

「カルペ・ディエム」と読みます。「一期一会」と訳されることもあるようですが、「カルペ・ディエム」の意味の本質は「死を忘れるな」ということです。直訳は、「一日を摘め」となりますが、『ギリシア・ローマ名言集』(柳沼重剛、岩波文庫)では「一日(の花)を摘め」と訳されています。

文法の説明は次の通りです。
第3変化動詞 carpō,-ere は「(花を)摘む」の意味を持ちます。
carpe は命令法・能動態・現在、2人称単数で、「摘め」と訳せます。
diemは、「日」を意味する第5変化名詞 diēs,-ēī m. の単数・対格です。
一日(の花)を摘め」と訳せます。
今日の日を大切に」と意訳できます。

carpe の語を意識したとき、人はその目的語として flōrēs (花々)、たとえばrosās (バラ)などを目的語として想像するでしょう。ところが、この表現において、目的語は diem (日)です。

ここに、diem イコール flōrēs (すなわち、一日一日を花とみたてる)といったイメージの重なりが演出されます。何気なく過ぎゆく毎日をいわば花畑の花とみなし、その一本一本を愛おしむように日々を愛すのがよい、という意味が込められています。

以下、その全訳をぜひご一読ください(以下テクスト・語彙・訳の順でご紹介します)。いわば古代のラブソングです。

カルペディエムを含む『詩集』1.11のテクスト

ホラーティウス

Tu ne quaesieris, scire nefas, quem mihi, quem tibi 1
finem di dederint, Leuconoe, nec Babylonios 2
temptaris numeros. ut melius quicquid erit pati, 3
seu pluris hiemes seu tribuit Iuppiter ultimam, 4
quae nunc oppositis debilitat pumicibus mare 5
Tyrrhenum: sapias, vina liques et spatio brevi 6
spem longam reseces. dum loquimur, fugerit invida 7
aetas: carpe diem, quam minimum credula postero. 8

各行の語彙と文法

1行目

Tu あなたは / ne ・・しないように / quaesieris (接・完了)quaero 問う / scire は scio (知る)の不定法 / nefas 罪
quem 疑問形容詞(いかなる) finem にかかる / mihi 私に / tibi あなたに

2行目

finem 終わりを(finis) / di 神々が / dederint (接・完了)do 与える / Leuconoe (呼)レウコノエよ / nec ne の反復
Babylonios Babylonius バビュロンの

3行目

temptaris (接・完了)tempto (試す) Babylonios…numeros が目的語 / numeros 数を(numerus)
ut なんと、いかに / melius よりよい /quicquid 英語の whatever に相当 / erit sum の未来・3人称・単数
pati patior (我慢する)の不定法 / 「quicquid (何であれそれ)を pati (堪え忍ぶ)ことは、どれほどよいか」

4行目

seu seu A seu B = whether A or B / pluris 多くの(複数・対格) hiemes にかかる / hiemes 冬(複数・対格) tribuit の目的語
tribuit tribuo (与える)の完了・3人称・単数 / Iuppiter ユッピテル(神) / ultimam 最後の(ultimus)

5行目

quae 関係詞(女・単・主) / nunc 今 / oppositis oppono (相対する) の完了分詞 / debilitat 疲弊させる
pumicibus pumex(穴だらけの岩)の複数・奪格 / mare 海

6行目

Tyrrhenum テュッレーニアの mare にかかる / sapias sapio(賢明である)の接続法・現在・2人称・単数(命令の意味)
vina < vinum 酒 / liques < liquo -are 濾(こ)す の接続法・現在・2人称・単数 / spatio 間 < spatium / breui 短い < brevis

7行目

spem  希望を < spes 単数・対格形 / longam longus(長い)の女性・単数・対格 spem にかかる / reseces 切る、控える reseco の接続法・現在・2人称・単数 / dum ・・・の間に / loquimur loquor (語る)の1人称・複数 / fugerit fugio(逃げる)の未来完了 / inuida 嫉妬深い aetas にかかる

8行目

aetas 時、時代 fugerit の主語  / carpe 摘む carpo の命令法・現在・2人称・単数 / diem dies(日)の単数・対格 carpe の目的語 / quam minimum = as little as possible (否定文をつくる) / credula (与格に)信を置くような 形容詞・女性・単数・主格 主語レウコノエと同格 / postero 明日に(与格)
※(あなたは)明日にできるかぎり信を置かない状態で(=明日に信を置かず)、今日この日を摘むのがよい。)

カルペディエムを含む『詩集』1.11の試訳

神々がどんな死を僕や君にお与えになるのか、レウコノエ、そんなことを尋ねてはいけない。
それを知ることは、神の道に背くことだから。
君はまた、バビュロンの数占いにも手を出してはいけない。
死がどのようなものであれ、それを進んで受け入れる方がどんなにかいいだろう。
仮にユピテル様が、これから僕らに何度も冬を迎えさせてくれるにせよ、
或いは逆に、立ちはだかる岩によってテュッレニア海を疲弊させている今年の冬が最後の冬になるにせよ。
だから君には賢明であってほしい。酒を漉(こ)し、短い人生の中で遠大な希望を抱くことは慎もう。
なぜなら、僕らがこんなおしゃべりをしている間にも、意地悪な「時」は足早に逃げていってしまうのだから。
カルペディエム、今日一日の花を摘みとることだ。
明日が来るなんて、ちっともあてにはできないのだから。

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この記事を書いた人

ラテン語愛好家。京都大学助手、京都工芸繊維大学助教授を経て、現在学校法人北白川学園理事長。北白川幼稚園園長。私塾「山の学校」代表。FF8その他ラテン語の訳詩、西洋古典文学の翻訳。キケロー「神々の本性について」、プラウトゥス「カシナ」、テレンティウス「兄弟」、ネポス「英雄伝」等。単著に「ローマ人の名言88」(牧野出版)、「しっかり学ぶ初級ラテン語」、「ラテン語を読む─キケロー「スキーピオーの夢」」(ベレ出版)、「お山の幼稚園で育つ」(世界思想社)。

コメント

コメント一覧 (7件)

  • […] 「エデ・ビベ・ルーデ・ポスト・モルテム・ヌッラ・ウォルプタース」と読みます。 ede は動詞 edō,-ere(食べる)、bibe はbibō,-ere(飲む)、lūde はlūdo,-ere(遊ぶ)の各々命令法・能動態・現在、2人称単数です。 英語に edible (食べられる)という言葉がありますが、edō がその語源です。 postは(~の後で)は対格を取ります。 mortemは第3変化名詞 mors,mortis f.(死)の単数・対格です。 nullaは代名詞的形容詞nullus,a-,-um(ない)の女性・単数・主格です。意味は英語のnoに相当し、voluptas にかかります。 voluptāsはvoluptās,-ātis f.(快楽)の単数・主格です。 動詞estが省略されています。estは不規則動詞sum,esse(ある、存在する)の直説法・現在、3人称単数です。 訳は、「食べろ、飲め、遊べ、死後に快楽はなし。」となります。景気のいいフレーズですね。 カトゥルスがこのモチーフを使って有名な詩を残しています。いわく、「ともに生き、ともに愛し合おう」(Vīvāmus, mea Lesbia, atque amēmus.)と。 一見ホラーティウスの「カルペ・ディエム(Carpe diem.)」と似ていますが、考え方の中身は異なっていると思われます。 […]

  • むかしからこの言葉は知っていたんだけど、īとかēにならないのか気になっていました。
    ちゃんと勉強すればいいんだけど、そこまでしてラテン語を覚えるつもりもないので。
    とくに英語以外の言葉だといい加減な記述が横行している (どうせ誰もわからないから) ので真実にたどり着くのがむずかしいです。
    この記事を読んで、どうやらCarpe diem.ではすべてi, eであろうことが確認できました。

    • 山下です。
      遅ればせながらコメントをありがとうございます。他の言葉についても疑問点があれば何でもお尋ねください。わかる範囲でお返事いたします。

  • こんにちは、Carpe Diemに関して詳しく知りたく、書籍などを探していたところこのページに辿り着きました。カルミナは発行されているものが少なく(と認識しております)、鈴木一郎氏訳の『ホラティウス全集』しか確認できていません。そのなかでは原文の記載はなく、和訳も山下さんほど奥行きのある解説ではなかったため、このページでとても勉強になりました。友人に勧めたい、また、大学の授業での参考文献に使用させていただきたいなと思うのですが、このCarpe Diemの解説は山下さんの書籍で出てくるものはありますか?

    • 山下です。コメントをありがとうございます。Carpe diem.の解説はこのHPの記述のみとなります。原文(carpe diem.のみ)と訳、少しの解説(前後関係の説明プラスアルファ)という点でいいますと、柳沼重剛先生の「ギリシャ・ローマ名言集」(岩波文庫)があります(49番)。

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