「イプセ・ディクシト」と読みます。
ipse は強意代名詞 ipse の男性・単数・主格です。
dixit は「言う」を意味する第3変化動詞 dīcō,-ere の直説法・能動態・完了、3人称単数です。
直訳では「彼自身が語った」となります。
これだけだと何のことかわかりません。
しかし、英単語にipsedixitism(立証されていない独断的断定)という単語があると知れば、「ん?」と興味がわくのではないでしょうか。
原文に照らすと、この文の主語はピュタゴラス派の師、ピュータゴラース自身を指します。ピュータゴラース派の人間は議論の論拠を求められると、きまってこの言葉を口にした、とキケローは言います(『神々の本性について』序)。「自分ではなぜかはわからない。でも、先生がそう言ったのだから(正しいのだ)」という根拠なき主張を揶揄する表現というわけです。
キケロー選集〈11〉哲学IV―神々の本性について 運命について
キケロ Marcus Tullius Cicero
<追記>
このフレーズは以下のように続きます。
ipse autem erat Pythagoras: tantum opinio praeiudicata poterat, ut etiam sine ratione valeret auctoritas.
その「彼自身」(ipse)とはピュータゴラースであった(erat)。彼の権威は(auctoritas)論拠(ratione)なしにも力を発揮する(valeret)ほど(ut)、それほどまで(tantum)先入観が(opinio praeiudicata)有力であった(poterat)。
私の岩波版の訳は言葉を足して次のように翻訳しています。
「かの人」とは他ならぬピュータゴラースのことであった。このようにピュータゴラース派のあいだでは、論拠もないままに一つの権威が絶対的な力をもつほどに先入観が支配的であったのだ。
P.S.
この言葉にヒントを得て、「子曰わく」と題するエッセイを「山びこ通信」に書きました。
コメント
コメント一覧 (2件)
[…] Ipse dixit.. 彼自身が言った。 […]
[…] ラテン語の命令文。動詞の命令法は、不定法の語尾から-reを取る。faciō,-ere(作る)はfaceでなくfac(例外)。fac+simile(似たもの)はfacsimile(ファックス)。/ Ora et labora.(祈れ、働け)。/ 漢字の「仁」。「ひとしい」の意味がこめられている。『論語』のキーワード。「思いやり」、「慈しみ」ということでいえば、ラテン語のpietāsが近いか。「少年老い易く学成り難し」とArs longa vita brevis. / 「一期一会」とCarpe diem.(カルペ・ディエム) / 「子曰く」とIpse dixit. […]