ラテン語格言を読む際の注意点

  • URLをコピーしました!

ラテン語の格言は短く、印象的であるがゆえに、しばしば文脈から切り離され、本来とは異なる意味で独り歩きすることがあります。とくに日本の場合、「古典語 → 英語 → 日本語」という翻訳経路をたどることが多く、その危険性はいっそう高まります。

その典型が Ars longa, vīta brevis. です。日本では、英訳 Art is long, life is short. を通して「芸術は長く、人生は短し」と訳され、広く知られています。しかしこの言葉は、もともとヒポクラテスの医学的文脈――技術の修得には長い時間がかかる一方、人生は短い――の中で語られたものでした。

また、文脈から切り離されたうえに、表現の一部だけが抜き出されて有名になった(あるいは物議をかもした)例もあります。「健全な精神は健全な肉体に宿る(Mens sāna in corpore sānō.)」がそれです。本来この言葉は、ローマの風刺詩人ユウェナーリスが人間の物欲を批判する中で用いた表現であり、健康や精神の充実を「願うべきもの」として挙げた、祈願的な文脈に属しています。

もっとも、格言に対して自分なりの解釈を持ってはならない、というわけではありません。たとえばカール・ヒルティーは、Amorを「キリストの愛」と受け止めつつ、ウェルギリウスの Omnia vincit Amor.(愛の神は万物を征服する)という言葉を、Amor omnia vincit. (愛はすべてに打ち勝つ)という語順で、自らの墓碑銘に刻んでいます。

最後に、Post nūbila Phoebus.(雨雲の後にポイボス[太陽神アポロ])というローマの格言を挙げておきます。一般には「雨のち晴れ」と理解されていますが、ラテン語の前置詞 post には after だけでなく beyond(~の向こうに)という意味もあります。その意味で取るなら、「雨雲の向こうに太陽がある」とも訳せるでしょう。「雨雲」を現実、「太陽」を理想と読む解釈も可能です。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

ラテン語愛好家。京都大学助手、京都工芸繊維大学助教授を経て、現在学校法人北白川学園理事長。北白川幼稚園園長。私塾「山の学校」代表。FF8その他ラテン語の訳詩、西洋古典文学の翻訳。キケロー「神々の本性について」、プラウトゥス「カシナ」、テレンティウス「兄弟」、ネポス「英雄伝」等。単著に「ローマ人の名言88」(牧野出版)、「しっかり学ぶ初級ラテン語」、「ラテン語を読む─キケロー「スキーピオーの夢」」(ベレ出版)、「お山の幼稚園で育つ」(世界思想社)。

コメント

コメントする

目次