ラテン語格言

Cum tacent, clamant.

2018年10月12日

「クム・タケント・クラーマント」と読みます。
cum は英語の when や as と同様、時を表す従属文を導きます。
tacent は「黙る」という意味の第2変化動詞 taceō,-ēre の直説法・能動態・現在、3人称複数です。
主語は書かれていません。動詞の形から英語のtheyに当たる指示代名詞illīやeīを補います(illīはille,illa,illudの男性・複数・主格、eīはis,ea,idの男性・複数・主格)。
ラテン語の場合、3人称の人称代名詞がないため、指示代名詞で代用します。
また、英語と同じく、この場合の「彼らは」とは「一般的な人々」を意味します。
clāmant は「叫ぶ」を意味する第1変化動詞 clāmō,-āre の直説法・能動態・現在、3人称複数です。この動詞の主語も省略されていますtacentと同じく、illīかeīを補って理解します(慣れるとこの省略は気にならなくなります)。
直訳は、「彼らは沈黙するとき、叫んでいる」となります。
キケローの言葉です(Cic.Cat.1.21)。逆説をくみとり、「彼らは沈黙しているが、叫んでいる」と訳せます。
これはキケローの『カティリーナ弾劾』に見られる一文です。
キケローがカティリーナの悪行をあばき彼に国外追放を命じたとき、元老院議員たちは報復を恐れ、一様に沈黙を守ります。このとき、「彼らは黙っているが、心の中で(キケローの主張に)『賛成だ!』と叫んでいるのだ」とキケローは言い放ちます。
キケローの主張とは何か?元の文を少し紹介します。

et tamen faciam, ut intellegās, quid hī dē tē sentiant. Ēgredere ex urbe, Catilīna, līberā rem pūblicam metū, in exilium, si hanc vōcem exspectās, proficiscere.
そして(et)しかし(tamen)、おまえが、これらの人々(=元老院に出席している面々)が(hī)何を(quid)思っているか(sentiant)を理解する(intellegās)ように(ut)、私は行うつもりだ(faciam)。カティリーナよ(Catilīna)、都(urbe)から(ex)出ていけ(Ēgredere)、国家を(rem pūblicam)恐怖から(metū)解放せよ(līberā)、もし(sī)この(hanc)声を(vōcem)待ち望むなら(exspectās)、(とっとと)追放地(exilium)へ(in)出発せよ(proficiscere)。※exspectāsは皮肉な表現。

表題のラテン語はこの引用文の後に来ます。

バックグラウンドがわかると、こんなにシンプルな「ひねり」でこんなにインパクトの強い台詞が吐けるものなんだ、と感心してしまいます。確証はありませんが、テレンティウス(キケローより前の時代の喜劇作家)のTacent, satis laundant.(彼らは沈黙している。彼らは称賛している)をふまえた表現ではないか、と個人的には思っています。

時代や国境を超え、悪政が国民を弾圧する事例は枚挙にいとまがないでしょう。暴君が国民から言論の自由を奪ったとしても、国民は「おかしいものはおかしい」と心の中で叫ぶでしょう。キケローのセリフの主語をpopulī(国民)と理解することによって、このセリフは2千年後の今も人口に膾炙しているように思われます(ただし、日本はこれからでしょうか)。

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