「ケーダント・アルマ・トガエ」と読みます。
cēdant は「<与格>に譲る」を意味する第3変化動詞 cēdō,-ere の接続法・能動態・現在、3人称複数です。
接続法の「命令・義務」のニュアンスをくみ取って、cēdant は「退くがよい」と訳せます。
arma は「武器」を意味する第2変化名詞arma,-ōrum n.pl.の主格です。この単語は複数でのみ用いられます。
togae は平時の衣装 toga,-ae f.(トガ)の単数・与格です。
「武器は(arma)トガに(togae)譲るべし(cēdant)。」という意味になります。
キケローの『義務について』(De Officiis)に見られる言葉です(Cic.Off.1.77)。
『ギリシア・ローマ名言集』(柳沼重剛、岩波文庫)に収められています(172番)。「ペンは剣より強し」という思想の最古の表明というコメントがついています。「ペンは剣より強し」はラテン語でCalamus gladio fortior.といいます。
<表題を巡るエッセイ>
キケローの名句です。もとは彼自身の詩『わが執政官時代について』にあった一節で、『義務について』の中で自ら引用し、さらに後の『ピリッピカ』でも取り上げています。全文は、
Cēdant arma togae, concēdat laurea laudī.
「武器はトガに譲るべし。桂冠は名誉に譲るべし」。
ここで arma「武器」は、戦争や武力を象徴します。それに対して toga「トガ」は、平時のローマ市民が身につける衣服で、市民生活、政治、法廷、言論の世界を象徴します。つまり、「武力は市民の政治に道を譲れ」という意味になります。
これは単に「戦争より平和がよい」というだけの言葉ではありません。軍事力よりも、市民による政治、法、議論、そして理性的な判断を上位に置こうとする考えです。
キケローは『義務について』で、この言葉を引用した直後、自分が執政官として国家を導いたとき、「武器がトガに屈したではないか」と誇らしげに振り返っています。軍隊を率いて敵を破ったのではなく、市民としての判断と政治的手腕によって国家の危機を切り抜けた。そのことを、軍事的な勝利にも劣らぬ功績と考えていたのです。
続く、concēdat laurea laudī. も同じ考えを表します。laurea は勝利した将軍が得る月桂冠です。これに対する laus は、武力ではなく政治的判断や言論によって国家の危機を救った功績への称賛です。キケローは、月桂冠に象徴される戦場の名誉よりも、そうした称賛を重んじました。
そこには、弁論家キケローらしい自負もあります。剣を振るうことだけが国家を守るのではない。議会で語り、法廷で論じ、市民を説得する言葉にも国家を動かす力がある。彼はそう信じていました。
この言葉は、現代においてこそ切実な意味をもっています。力によって相手を従わせるのか、それとも法と言葉によって物事を決めるのか。言い換えれば、「力の支配」か「法の支配」かという問題です。
暴力や威圧によって相手を従わせることはできます。しかし、それだけで社会を支え続けることはできません。力ではなく法によって争いを収め、言葉を交わしながら物事を決めていく。その仕組みがあってこそ、市民の生活は守られます。
力の強い者が思い通りにするのではなく、権力を持つ者もまた法に従う。「武器はトガに譲るべし」という短い一句には、キケローが政治家として掲げた理想が、じつによく表れています。

コメント
コメント一覧 (2件)
先生のラテン語の格言、毎日1つか2つ、どれかを解読しようと努力しております。正直、面白いです(笑)。
ところで、「Cedant arma togae.」の説明文のところで、キケローの『義務について』のラテン語原題が(De Officio)となっておりますが、(De Officiis)にすべきところが、De Officioとミススペルになっている模様です。
蛇足、日本語でのラテン語格言説明のサイトとしては、山下先生のが最も分かりやすいです。わが国におけるラテン語格言モデルサイトになっていると思います。
横田様、ミススペルのご指摘を感謝します。過分なお言葉もありがたく存じます。お言葉を励みとし、少しずつラテン語を増やしていきたいと思います。