語彙と文法
「カラミタース・ウィルトゥーティス・オッカーシオー・エスト」と読みます。
calamitās は「災難」を意味する第3変化名詞 calamitās,-ātis f. の単数・主格です。この文の主語です。
virtūtis は、同じく第3変化名詞 virtūs,-ūtis f.「勇気」の単数・属格で、occāsiōにかかります。
文法的にはcalamitāsにかけることも可能です。その場合「勇気の災難は(機会である)」となり意味不明です。消去法的に考えてvirtūtisは続くoccāsiōにかけるのがよいと判断します。
occāsiō は「機会、好機」を意味する第3変化名詞 occāsiō,-ōnis f. の単数・主格で、この文の補語になっています。「災難は勇気を試す機会である」と訳せます。表題はセネカの『摂理について』に見られる言葉です(De Providentia 4.6)。この作品の訳は岩波文庫の『怒りについて』に収められています。
<余談>
災難は誰もが避けたいと願いますが、セネカによれば、運命は自分が愛する者に試練として災難を与えます。それゆえ、進んで災難を受け入れるべきだというのが彼の考えです。いわく、「災難は勇気を試す機会である」と。
災厄は人間だけでなく、都市や建築物など、人間の営みに関わるすべてのものに訪れます。セネカは書簡の中で、ローマの植民市ルグドゥーヌム(現リヨン市)が大火で焼け落ちたことを伝え、「死すべき人間の営みは皆、滅び行く運命にあり、我々はそんな死すべきもののあいだで生きている」と述べています(『倫理書簡集』91.12)。
セネカは同時に、「すべての人々が失ったもの以上に立派なものを再建しようと競い合うだろう」と復興への希望も語ります。そして、実際この都市は見事な復興を遂げ、現在フランス第二の都市として世界中から多くの観光客を迎えています。
この書簡には、「災難がより大きな幸運への道をひらく」という言葉も見出せます。「災難は勇気の機会」ととともに、私たちを勇気づけてくれる言葉です。

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[…] occasioが出てくるラテン語として、セネカの Calamitās virtūtis occāsiō.(災難は勇気の機会)があります。 […]