エッセイ

私は生きた

2011年9月9日

Conscientia bene actae vitae jucundissima est. 立派に生きた人生の自覚はもっともすばらしいものだ

これは、キケローの『老年について』に見られる言葉です。平たく言えば、死ぬときに「我人生に悔いなし」(Quod potui perfeci.)と言い切れることが大事だということです。

この言葉との関連で思い出すのが、アスグストゥスの臨終の言葉「芝居は終わりだ」(Acta est fabula.)です。人生を芝居に見立て、最後まで演じきったという自負を表しています。Acta est fabula. は Plaudite (拍手を)とあわせ、芝居の最後に用いられる表現です。伝記作家スエトニウスによれば、アウグストゥスは、この言葉に続け、 「リウィアよ、われわれの結婚を記憶して生きよ。さらば。」(Livia, nostri coniugii memor vive, ac vale!)と述べたそうです。

「生と死」を表すラテン語独特の表現をご紹介します。それは vixi (私は生きた)という単語です。ラテン語の完了時制は英語の現在完了と過去の両方の意味を持ちますが、vixi. は現在完了の用例として教科書によく出てきます。これは「生き終えた」という意味であり、要するに今は「死んでいる」ということです。このようにラテン語では「生きる」という言葉の完了形が死を意味します。

ここでローマの詩人ホラーティウスの言葉を紹介しましょう。

毎日次のように言える者は、己れを制し、満足して人生を送ることができるだろう。「私は今日を生きた(vixi)」と。(『詩集』3.29)

今日が人生最後の一日と覚悟を決めることは難しいですが、一日の終わりに vixi (今日を精一杯生ききった)と言えるかどうか、それを確かめるだけの心の余裕は持ちたいと思います。

Vixīという表現が最も胸に迫る形で現れるのが、ウェルギリウスの『アエネーイス』の第4巻です。

Vixi et quem dederat cursum fortuna peregi. 私は生きた。運命が授けた人生行路を最後まで歩きとおした。

カルタゴの女王ディードーの最期の言葉です。

前後を訳でご紹介します。

彼女は館の奥の間に駆け込むと、高く積んだ 645
薪の上を狂乱の体でよじ登り、ついに剣を引き抜いた。
それはダルダニア人の贈り物で、こうして使うためのものではなかった。
ここで、イーリウムの衣と馴染み深い寝床を
見つめ、しばし涙にくれ、心にためらいを感じた後、
床に横になると、最後の言葉を口にした。650
「運命と神が許す間は愛しかった形見の品々よ、
この命を受け入れ、苦悩から解き放ってくれ。
わたしは生を全うした。運命の女神が与えた道のりを最後まで歩き通した。
いま、わたしの大いなる魂が大地の下に向かおうとしている。
わたしは輝かしい都を建てた。わが城市をこの目で見た。655
夫の仇を討ち、敵となる兄に罰を科した。
幸福だった。今もどんなにか幸福だろう、もしわが海岸に
ダルダニアの艦隊がたどり着きさえしなければ」。
彼女はこう言うと口を床に押しつけ、「仇を討たぬまま死ぬことになる。
だが死なせてくれ」と声に出す。「こうして、そう、こうやって喜んであの世に行こう。660
あの残酷なダルダニア人には、沖からであっても、この炎を
目から飲ませてやる。わが死の呪いを道連れにするがよい」。
彼女は言い終えた。こう語って剣の上に
倒れこむ様子を侍女たちが目のあたりにする。血しぶきの泡立つ
剣と血潮の飛び散った手が見えた。叫び声が高い 665
広間中に広がるや、狂乱した「噂」が動転した都の中を跋扈する。

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