エッセイ

In oculis animus habitat. 目に心は宿る

2013年6月14日

In oculis animus habitat.これは大プリーニウスの言葉です。「目は心の窓」や「目は口ほどにものを言う」など、日本語にも似た表現があります。時代や国が違っても、考えること、感じることは同じです。

目は感覚器の一つですが、体の他の部分と異なる不思議な存在です。何より目は年を取らないし、目にシワは寄りません。たしかに目尻にシワは寄り視力はやがて衰えますが、心を若く保てば、瞳は生涯輝きを放つでしょう。

心を若く保つには?子どもの心を失わないことです。大人は何でもわかったふりをするか、わかることを諦めていますが、子どもの心は柔らかく、好奇心に満ちています。大人でも、いや大人だからこそ、子ども以上に心を若く保てる人がいます。たとえば、本来の学者や芸術家はそれができる人のはず。自分の考えがこじんまりとまとまることを何より恐れ、世の中はこういうものだと偏見で身を固めることを絶対にしない人。

「子どもは大人の父」という言葉がありますが、子どもの心を持った大人こそ、子どもの真の手本(父)となるでしょう。キーワードは理想(ギリシア・ローマでは真善美)を見つめる心の有無。理想とは人が目指すべき高みのこと。仰ぎ見る先にあるものによって精神はいかようにでも変わります。もちろん、目の輝きも。

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