語彙と文法
「レース・ノーン・ウェルバ」と読みます。
res は「物、事、事実、出来事、結果」を意味する第5変化名詞 res,rei f.の単数(または複数)・主格です。
verba は「言葉」を意味する第2変化名詞 verbum,-i n. の複数・主格です。
A, non B で、「BでなくA」という意味になります。
「言葉でなく事実(が大切)」という意味です。
「言葉でなく結果」とも訳せます。
口先の約束でなく、実際の行為が重要という意味です。res の代わりに Facta を使うこともできます。英語にも Deeds, not words. というのがあります。
余談:エッセイ
表題のラテン語は三語だけでなりたちます。表題の別形として Facta, non verba.も知られます。辞書で引くだけで意味が簡単に取れそうに見えますが、ヒントがないと意外に難しいラテン語です。A, nōn B. の構文は、「BでなくA」と訳せます。
rēs という単語はさまざまな意味を持ちます。「物、事、話題、出来事、歴史」といった具合にです。英語の real (本物の)の語源です。また、ラテン語でrēs pūblica というと「共和国」の意味になります。ギリシア語で「国家」はポリーテイアと言いますが、キケローはこの言葉を rēs pūblica、すなわち「公の(pūblica)もの(rēs)」と訳しました。
英語の republicの語源です。facta (単数形は factum)は英語の fact と同じく「出来事」を意味します。細かく言えば、facta は動詞 faciō(行う)の完了分詞 factus からできた名詞です。一方、verba (単数形は verbum)は英語の verb (動詞)の語源ですが、ラテン語では「言葉」という意味を持ちます。
さて、表題の意味についてですが、「(大事なのは)rēs (事実、行為)であり、verba (約束、言葉) ではない」と言っています。英語に、Deeds, not words. という表現がありますが、上のラテン語の訳に相当します(直訳になっています)。これを日本語に意訳すれば「不言実行」ということになります。東洋の古典で類似した表現を探すと、孔子の「先行其言、而後従之」(論語)が同じ趣旨を表しているように思います。
ところで、「不言実行」関連で思い出すのは次のキケローの表現です。
『友情について』(岩波文庫) p.15の中に、「アポローンによって最高の賢者だと判定されたという人物(ソークラテース)を、カトーより上には置かぬよう気をつけるのだ。カトーは行為が、その人物は言葉が称賛されているのだから。」という言い方があります(対話しているラエリウスの言葉)。
この表現について、訳者のコメントは、「ソークラテースは日常の対話で弟子たちを導く以上に、その生き方で教えたから、この言い方は一方的である。」となっています。私も同感です。
たしかにソークラテースこそ、言行一致の見本のような生き方を貫いたといっていいでしょう。ただし、それを rēs, nōn verba と呼べるかというと、私はむしろ、「立派な言葉と立派な行為を残した」という点で、verba et facta. (有言実行)と呼ぶべきであったと思われます。
友情について (岩波文庫)
キケロー Cicero
コメント