噂の女神

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『アエネーイス』第4巻に「噂」の女神が登場します。famaは「噂」を意味する一般名詞ですが、173行目を見るとFamaと大文字で使われています。これは女神として扱われている例です。ただし「害悪」(174 malum)とも「恐ろしい怪物」(181 monstrum horrendum)とも表現されています。なぜか。「噂」は「真実を伝える一方で虚偽とねつ造を知らせてやまず」(188)、「様々な話によって民衆の耳を満たし、事実も事実でないことも一緒にして伝える」(189-190)からです。この箇所を読むと、「噂」は今の時代にも生きているような気がしてきます。

169-172
ille dies primus leti primusque malorum
causa fuit; neque enim specie famaue mouetur 170
nec iam furtiuum Dido meditatur amorem:
coniugium uocat, hoc praetexit nomine culpam.

この日が破滅の始まりであり、これが災いの最初の
原因であった。ディードーは見栄や評判を気にすることなく、
人目を憚る恋について思い煩うこともなくなった。
彼女はこれを結婚と呼び、この名によって罪を覆い隠した。

173-177
Extemplo Libyae magnas it Fama per urbes,
Fama, malum qua non aliud uelocius ullum:
mobilitate uiget uirisque adquirit eundo, 175
parua metu primo, mox sese attollit in auras
ingrediturque solo et caput inter nubila condit.

ただちにリビュアの大きな町中に「噂」が広がる。
「噂」、それ以上に素早い害悪はない。
動き回ることで元気づき、進むほどに力を増す。
初めは恐る恐る小さくなっているが、やがて空高く伸び上がる。
地上を進みながら、頭は雲の間に隠れている。

178-183
illam Terra parens ira inritata deorum
extremam, ut perhibent, Coeo Enceladoque sororem
progenuit pedibus celerem et pernicibus alis, 180
monstrum horrendum, ingens, cui quot sunt corpore plumae,
tot uigiles oculi subter (mirabile dictu),
tot linguae, totidem ora sonant, tot subrigit auris.

その母は大地の女神で、神々への怒りに駆られながら、
コエウスとエンケラドゥスの妹となる「噂」を最後に
生み出したと言われる。足は素早く、敏捷な羽根をつけた
巨大で恐ろしい怪物だ。体についた羽根の数だけ
体の下方に不眠の目をつけていて、語るもおぞましい。
同じ数の舌と口が音を出し、同じ数の耳が直立する。

184-188
nocte uolat caeli medio terraeque per umbram
stridens, nec dulci declinat lumina somno; 185
luce sedet custos aut summi culmine tecti
turribus aut altis, et magnas territat urbes,
tam ficti prauique tenax quam nuntia ueri.

夜になると天と地の真ん中を飛び、暗闇を通じて
不快な音を出す。心地よい眠りに瞼を閉じることもない。
日中は館の屋根のてっぺんや高い塔の上に座って
目をこらし、大きな町々を脅かす。
真実を伝える一方で虚偽とねつ造を知らせてやまない。

189-190
haec tum multiplici populos sermone replebat
gaudens, et pariter facta atque infecta canebat: 190

このときも「噂」は、様々な話によって民衆の耳を満たし、
喜々として、事実も事実でないことも一緒にして次のように語っていた。

191-194
uenisse Aenean Troiano sanguine cretum,
cui se pulchra uiro dignetur iungere Dido;
nunc hiemem inter se luxu, quam longa, fouere
regnorum immemores turpique cupidine captos.

「トロイアの血筋に生まれたアエネーアースがやってきた。
麗しいディードーはこの男に嫁ぐのがふさわしいと考え、
いまは冬が長く続く間、気まぐれに互いの体を温め合い、
王国のことも忘れ、恥ずべき情欲にとらわれている」。

195-197
haec passim dea foeda uirum diffundit in ora. 195
protinus ad regem cursus detorquet Iarban
incenditque animum dictis atque aggerat iras.

こんな話を忌まわしい噂の女神はあちこちの男どもの口に広めると、
続いてまっすぐイアルバース王のもとにはせ参じ、
言葉巧みにその心に火を放ち、怒りを募らせた。

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この記事を書いた人

ラテン語愛好家。京都大学助手、京都工芸繊維大学助教授を経て、現在学校法人北白川学園理事長。北白川幼稚園園長。私塾「山の学校」代表。FF8その他ラテン語の訳詩、西洋古典文学の翻訳。キケロー「神々の本性について」、プラウトゥス「カシナ」、テレンティウス「兄弟」、ネポス「英雄伝」等。単著に「ローマ人の名言88」(牧野出版)、「しっかり学ぶ初級ラテン語」、「ラテン語を読む─キケロー「スキーピオーの夢」」(ベレ出版)、「お山の幼稚園で育つ」(世界思想社)。

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