『アエネーイス』の冒頭を読む

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『アエネーイス』の冒頭を読む

1-7
Arma uirumque canō, Trōiae quī prīmus ab ōrīs 1
Ītaliam fātō profugus Lāuīniaque uēnit 2
lītora, multum ille et terrīs iactātus et altō 3
uī superum, saeuae memorem Iūnōnis ob īram, 4
multa quoque et bellō passus, dum conderet urbem 5
inferretque deōs Latiō; genus unde Latīnum 6
Albānīque patrēs atque altae moenia Rōmae. 7

戦いと一人の英雄についてわたしは歌う。トロイアの岸辺から
運命によって初めてイタリアへと逃れ、ラーウィーニウムの海岸に
たどり着いた英雄のことを。彼こそは、陸でも海でも、
神々の力によっておおいに翻弄された者。残忍なユーノーの消しがたい怒り
ゆえであった。
戦いを通じても数多くの苦しみをなめたが、ついには都を築き、
ラティウムに神々を移した。そこから、ラティーニー人が、
また、アルバの長老やそびえ立つ城壁をもつローマが誕生した。

<注>

一人の英雄: この作品の主人公、アエネーアースをさす。
ラーウィーニウム: イタリア西岸に位置する都市。ラティーヌス王の娘ラーウィーニアの名にちなむ。
ユーノー: 神々の王ユッピテルの妻。ギリシア神話のヘーラーに相当。
ラティウム: ローマ周辺のイタリア中西部の地域。現在のラチオ。
ラティーニー人: ラティウムの人々。ラテン人。
アルバ: アエネーアースの息子アスカニウスが創建したアルバ・ロンガをさす。ローマの母市。

<韻律>

韻律のヒント:ダクテュルス・ヘクサメテル(dactylus hexameter)について。
Arma ui |rumque can | ō, Trō| i ae quī | prīmus ab | ōrīs (1行目)
<長・短・短><長・短・短><長・長><長・長><長・短・短><長・長>
ダクテュルス:<長・短・短>というメトロン。<長・長>(スポンデーウス)で代用することもある。
ダクテュルス・ヘクサメテル:1行の中に6つのダクテュルスを持つ韻律。ヘクサはギリシア語で6を意味する。
※この一行は単語としては8語から成るが、メトロンは6つある。

<語彙と文法>

Arma: arma,-ōrum n.pl.(武器、戦争)の複数・対格。canō(私は歌う)の目的語。
uirumque=virumque: uirumはvir,-ī m.(英雄)の単数・対格。
canō: canō,-ere(歌う)の直説法・能動態・現在、1人称単数。主語egoは省略。「私」は詩人ウェルギリウス。
Trōiae: Trōia,-ae f.(トロイア)の単数・属格。ōrīsにかかる。ホメーロスの2作品、とりわけ『イーリアス』――トロイア戦争を描いている作品――を想起させる。
quī: 関係代名詞quī,quae,quodの男性・単数・主格。先行詞はuirumque。quīの導く従属文はcanōの2つ目の目的語virumを説明する。
prīmus: 第1・第2変化形容詞prīmus,-a,-um(最初の)の男性・単数・主格。quīと性・数・格は一致。述語的(副詞的)に訳しuēnitにかける。「最初に(来た)」。
一方、prīmusの語はcanōの主語として想定されるegoの補語と錯覚される可能性もある。
ab: 「<奪格>から」。母音とhで始まる奪格名詞の前ではab、子音の前ではāまたはab。cf. ab conditā urbe(都の建設以来=前753年以来)。
ōrīs: ōra,-ae f.(海岸)の複数・奪格。ab ōrīsで「海岸から」。
Ītaliam: Italia,-ae f.(イタリア)の単数・対格(「方向の対格」)。語頭のiはhexameterの中で長音。
fātō: fātum,-ī n.(運命)の単数・奪格(「手段の奪格」)。「運命によって」。
profugus: profugus,-ī m.(逃亡者、亡命者)の単数・主格。述語的に訳す。「逃亡者として」。fātō profugusは「運命によって逃亡者となり」と訳すと自然。
Lāuīniaque: Lāuīniaは第1・第2変化形容詞Lāuīnius,-a,-um(ラーウィーニウムの)の中性・複数・対格。lītoraにかかる。-queは「そして」。Ītaliamとlītoraをつなぐ。Lāuīniaqueの韻律上の扱いは、Lāuīnyaque(「長・長・短・短」)とみなす。
uēnit=vēnit: veniō,-īre(来る、到着する)の直説法・能動態・完了、3人称単数。到着場所は2つの対格(Ītaliam、lītora)で示される。
lītora: lītus,lītoris n.(海岸、岸)の複数・対格(「方向の対格」)。
multum: おおいに
ille: 指示代名詞ille,illa,illud(あれ)の男性・単数・主格。3人称の人称代名詞の代用。「彼は」。アエネーアースを指す。
et: 「そして」。続くetとともにet A et Bの形を作る。「AかつB」。Aはterrīs(陸で)、Bはaltō(海で)。
terrīs: terra,-ae f.(陸)の複数・奪格(「場所の奪格」)。「陸で」。iactātus (est)にかかる。
iactātus=jactātus: jactō,-āre(揺り動かす、翻弄する)の完了分詞、男性・単数・主格。estを補い、jactōの直説法・能動態・完了、3人称単数とみなす。「彼は(ille)翻弄された(jactātus est)」。
et: 先行するetとともにet A et Bの形を作る。Aはterrīs(陸で)、Bはaltō(海で)。
altō: altum,-ī n.(深海、海)の単数・奪格(「場所の奪格」)。「海で」。
uī=vī: vīs,(uīs)f.(力)の単数・奪格(「手段の奪格」)。「力によって」。
superum: superī,-ōrum m.pl.(神々)の複数・属格(superōrumの別形)。uīにかかる。uī superumで「神々の力によって」。
saeuae=saevae: 第1・第2変化形容詞saevus,-a,-um(苛酷な)の女性・単数・属格。Iūnōnis(ユーノーの)にかかる。
memorem: 第3変化形容詞memor,-oris(執念深い)の女性・単数・対格。īramにかかる。
Iūnōnis=Jūnōnis: Jūnō,-ōnis f.(ユーノー)の単数・属格。īramにかかる。
ob: <対格>ゆえに。ob īramで「怒りゆえに」。
īram: īra,-ae f.(怒り)の単数・対格。前置詞obの補語。
multa: 第1・第2変化形容詞multus,-a,-um(多くの)の中性・複数・対格。名詞的に用いられ、「多くのことを」と訳す。passusの目的語。
quoque: 「同じく、また、そのうえ」。etiamほど強くない。
et: そしてさらに
bellō: bellum,-ī n.(戦争、戦い)の単数・奪格(「場所の奪格」)「戦争で」、「戦いを通じて」。
passus: 形式受動態動詞patior,-tī(耐える、我慢する)の完了分詞、男性・単数・主格。estを補いpatiorの直説法・完了、3人称単数とみなす。multa…passus (est)で「(彼は)多くのことを我慢した」、「(彼は)多くのことに耐えた」。
dum: 「①~する間(while)、②~まで(until)」。接続法を伴う従属文を導くとき、②untilの用法で(①は直説法を伴う)、dumの従属文の内容が主文の「目的」に相当することを示唆。直訳は、「都を(urbem)建設し(conderet)、そして(-que)神々を(deōs)ラティウムに(Latiō)運び入れる(inferret)まで(dum)」だが、「まで」を「ため」として理解することも可能。一方、英語のuntilの用法と同じく、「結果」を表す用法とみなすこともできる。その場合、「その結果、ついには都を建設し、神々をラティウムに運び入れた」と訳す。「目的」で理解するとき、ユピテルの目で歴史の推移を眺めることになる。「結果」で理解するとき、その時代を生きた人間の目で歴史を眺めることになる。
conderet: condō,-ere(建設する)の接続法・能動態・未完了過去、3人称単数。urbemを目的語にとる。
urbem: urbs,urbis f.(都市、ローマ)の単数・対格。
inferretque: inferretはinferō,-ferre(運び入れる)の接続法・能動態・未完了過去、3人称単数。-queは「そして」。conderetとinferretをつなぐ。ともにdumの導く従属文の動詞。
deōs: deus,-ī m.(神)の複数・対格。inferretの目的語。
Latiō: Latium,-ī n.(ラティウム)の単数・与格。対格でなく与格となるのは「詩的表現」ゆえ、とコメンタリー。inferōの用例は、<対格>+in+<対格>、または<対格>+<与格>が基本。ここでは後者。
genus: genus,-neris n.(民族)の単数・主格。
unde: 「そしてそこから(from which)」。どこ(何)からか?①アエネーアース、②アエネーアースの後裔、③先行箇所の状況(=神々をラティウムに運び入れたこと)。
Latīnum: Latīnus,-a,-um(ラティウムの、ラティーニー人の)の中性・単数・主格。genusにかかる。「ラティウムの一族」または「ラティーニー人」と訳せる。
Albānīque: Albānīは第1・第2変化形容詞Albānus,-a,-um(アルバの)の男性・複数・主格。patrēsにかかる。Alba longa(アルバ・ロンガ)はラティウムの都市。-queは「そして」。2つの主語genusとpatrēsをつなぐ。
patrēs: pater,-tris m.(父、父祖、先祖)の複数・主格。
atque: 「そして」。2つの主語patrēsとmoeniaをつなぐ。
altae: 第1・第2変化形容詞altus,-a,-um(高い)の女性・単数・属格。Rōmaeにかかる。
moenia: moenia,-ium n.pl.(城壁)の主格。
Rōmae: Rōma,-ae f.(ローマ)の単数・属格(「所有の属格」)。altae moenia Rōmaeの直訳は「高いローマの城壁」。これは「高い城壁をもつローマ」を意味する。「ローマの七丘」(septem montēs Rōmae)参照。

<逐語訳>

戦争(Arma)と(-que)一人の英雄を(uirum)私は歌う(canō)。その者は(quī)初めて(prīmus)トロイアの(Trōiae)岸(ōrīs)から(ab)イタリアへ(Ītaliam)運命によって(fātō)亡命者として(profugus)、また(-que)ラーウィーニウムの(Lāuīnia)海岸へ(lītora)赴いた(uēnit)。彼は(ille)おおいに(multum)陸地で(terrīs)も(et)深海で(altō)も(et)神々の(superum)力によって(uī)翻弄された(iactātus〈est〉)。残忍な(saeuae)ユーノーの(Iūnōnis)執念深い(memorem)怒り(īram)ゆえに(ob)。同様に(quoque)多くのことを(multa)彼は戦争において(bellō)も(et)耐えた(passus〈est〉)、都を(urbem)建設し(conderet)、そして(-que)神々を(deōs)ラティウムに(Latiō)運び入れる(inferret)まで(dum)。そこから(unde)ラティウムの(Latīnum)民族が(genus)、そして(-que)アルバの(Albānī)父祖たちが(patrēs)、そして(atque)高い(altae)ローマの(Rōmae)城壁が(moenia)(誕生した)。

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この記事を書いた人

ラテン語愛好家。京都大学助手、京都工芸繊維大学助教授を経て、現在学校法人北白川学園理事長。北白川幼稚園園長。私塾「山の学校」代表。FF8その他ラテン語の訳詩、西洋古典文学の翻訳。キケロー「神々の本性について」、プラウトゥス「カシナ」、テレンティウス「兄弟」、ネポス「英雄伝」等。単著に「ローマ人の名言88」(牧野出版)、「しっかり学ぶ初級ラテン語」、「ラテン語を読む─キケロー「スキーピオーの夢」」(ベレ出版)、「お山の幼稚園で育つ」(世界思想社)。

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