キケローの『アルキアース弁護』に次のような印象深い表現があります。言ってみれば「文学万歳!」と主張している一文です(16節)。
以下、テクストと和訳、語釈、逐語訳を3つに分けて紹介します(その1~その3)。
キケロー『アルキアース弁護』16節:「文学万歳」テクストその1
Quod sī nōn hīs tantus fructus ostenderētur, et sī ex hīs studiīs dēlectātiō sōla peterētur, tamen (ut opīnor) hanc animī adversiōnem hūmānissimam ac līberālissimam iūdicārētis.
和訳
仮にもしこれらの文学によって、それほどの収穫が見られなくても、またもしこれらの研究から単に楽しみだけが求められたとしても、私が思うに、この精神の気晴らし(=文学研究)はもっとも人間的で自由人にふさわしい営みであると諸君は判断するだろう。
語彙と文法
Quod sī =Quodsī: 「だがもし」。接続法・未完了過去の動詞(ostenderētur)を伴い、現在の非現実の仮定を行う。
nōn: 「~でない」。ostenderēturを否定。
hīs: 指示代名詞hic,haec,hoc(これ、この)の女性・複数・奪格(「手段の奪格」)。「これらによって」とはlitterīs(文学によって)をさす。
tantus: 第1・第2変化形容詞tantus,-a,-um(これほど大きな)の男性・単数・主格。fructusにかかる。
fructus: fructus,-ūs m.(収穫)の単数・主格。
ostenderētur: ostendō,-ere(示す)の接続法・受動態・未完了過去、3人称単数。
et: 「そして」。Quod sīとsīの導く2つの条件文をつなぐ。
sī: 「もしも」。接続法・未完了過去の動詞(peterētur)を伴い、現在の非現実の仮定を行う。
ex: <奪格>から
hīs: 指示代名詞hic,haec,hoc(これ、この)の女性・複数・奪格。studiīsにかかる。
studiīs: studium,-ī n.(研究)の複数・奪格(「手段の奪格」)。
dēlectātiō: dēlectātiō,-ōnis f.(楽しみ)の単数・主格。
sōla: sōlus,-a,-um(一人の、単独の)の女性・単数・主格。dēlectātiō sōlaは「楽しみだけが」と述語的に訳す。
peterētur: petō,-ere(求める)の接続法・受動態・未完了過去、3人称単数。
tamen: しかし
ut: 「~ところでは」。次に来る動詞とともに挿入句をつくる。
opīnor: 形式受動態動詞opīnor,-ārī(思う)の直説法・現在、1人称単数。ut opīnorで「わたしが思うところでは」、「思うに」を意味する。
hanc: 指示代名詞hic,haec,hoc(これ、この)の女性・単数・対格。adversiōnemにかかる。
animī: animus,-ī m.(精神)の単数・属格。adversiōnemにかかる。
adversiōnem: adversiō,-ōnis f.(気晴らし)の単数・対格。remissiōnemの読みもあるが意味は同じ。
hūmānissimam: 第1・第2変化形容詞hūmānissimus,-a,-um(人間的な)の女性・単数・対格。
ac: 「そして」。2つの形容詞hūmānissimamとlīberālissimamをつなぐ。
līberālissimam: 第3変化形容詞līberālis,-e(自由人にふさわしい)の女性・単数・対格。
iūdicārētis =jūdicārētis: jūdicō,-āre(判断する)の接続法・能動態・未完了過去、2人称複数。非現実の条件文における主節の動詞。
逐語訳
だがもし(Quod sī)これらによって(hīs)これだけ大きな(tantus)成果が(fructus)示され(ostenderētur)ない(nōn)としても、そして(et)もし(sī)これらの(hīs)研究(studiīs)から(ex)楽しみ(dēlectātiō)のみが(sōla)求められる(peterētur)としても、それでも(tamen)わたしの思う(opīnor)ところでは(ut)、この(hanc)精神の(animī)気晴らしは(adversiōnem)きわめて人間的(hūmānissimam)かつ(ac)きわめて自由人にふさわしいもの(līberālissimam)だとあなたがたは判断するだろう(iūdicārētis)。
キケロー『アルキアース弁護』16節:「文学万歳」テクストその2
Nam cēterae neque temporum sunt neque aetātum omnium neque locōrum:
和訳
というのも、他の(気晴らし)はすべての時間、年齢、場所にふさわしいものではない。
語彙と文法
Nam: というのも
cēterae: 第1・第2変化形容詞cēterus,-a,-um(他の)の女性・複数・主格。省略されたadversiōnēs(気晴らし)にかかる。
neque: 「~でない」。suntを否定する。neque A neque Bで「AでもなくBでもない」。
temporum: tempus,-poris n.(時)の複数・属格。「性質の属格」(この文の他の属格も同じ)。
sunt: 不規則動詞sum(である)の直説法・現在、3人称複数。主語は省略されたadvertiōnēs.
neque: 「~でない」。省略された主語litteraeと動詞suntを補い、そのsuntを否定する。
aetātum: aetās,-ātis f.(年齢)の複数・属格。
omnium: 第3変化形容詞omnis,-e(すべての)の女性・複数・属格。直前のaetātumのみならずtemporumとlocōrumにもかかる。
neque: 「~でない」。省略された主語litteraeと動詞suntを補い、そのsuntを否定する。
locōrum: locus,-ī m.(場所)の複数・属格。
逐語訳
というのも(Nam)他のもの(cēterae)(気晴らし)は、すべての(omnium)時(temporum)、すべての年齢(aetātum)、すべての場所にふさわしいものではない(neque)。
キケロー『アルキアース弁護』16節:「文学万歳」テクストその3
haec studia adulescentiam alunt, senectūtem oblectant, secundās rēs ornant, adversīs perfugium ac sōlācium praebent, dēlectant domī, nōn impediunt forīs, pernoctant nōbīscum, peregrīnantur, rusticantur.
和訳
この(文学の)研究は若者を育成し、老年を楽しませ、順境を飾り、逆境においては避難所や慰めを与え、家にあっては喜びを与え、外にあっては邪魔にならず、我々と共に夜を明かし、外国を旅し、田舎暮らしをする。
語彙と文法
haec: 指示代名詞hic,haec,hoc(これ、この)の中性・複数・主格。studiaにかかる。
studia: studium,-ī n.(研究)の複数・主格。文の主語。
adulescentiam: adulescentia,-ae f.(青年時代)の単数・対格。aluntの目的語。
alunt: alō,-ere(養う)の直説法・能動態・現在、3人称複数。
senectūtem: senectūs,-ūtis f.(老年)の単数・対格。
oblectant: oblectō,-āre(楽しませる)の直説法・能動態・現在、3人称複数。
secundās: secundus,-a,-um(幸先の良い)の女性・複数・対格。rēsにかかる。
rēs: rēs,reī f.(事情、状況)の複数・対格。rēs secundaeで「順境」を意味する。
ornant: ornō,-āre(飾る)の直説法・能動態・現在、3人称複数。
adversīs: 第1・第2変化形容詞adversus,-a,-um(不都合な)の女性・複数・奪格。rēbusを補う。adversīs rēbusで「逆境において」。
perfugium: perfugium,-ī n.(避難所)の単数・対格。
ac: 「そして」。2つの名詞perfugiumとsōlāciumをつなぐ。
sōlācium: sōlācium,-ī n.(慰め)の単数・対格。
praebent: praebeō,-ēre(与える)の直説法・能動態・現在、3人称複数。
dēlectant: dēlectō,-āre(楽しませる)の直説法・能動態・現在、3人称複数。
domī: 家で
nōn: 「~でない」。imepediuntを否定する。
impediunt: impediō,-īre(邪魔をする)の直説法・能動態・現在、3人称複数。
forīs: 外で
pernoctant: pernoctō,-āre(夜を過ごす)の直説法・能動態・現在、3人称複数。
nōbīscum =cum nōbīs: cumは「<奪格>とともに」を意味する前置詞。nōbīsは1人称複数の人称代名詞nōsの奪格。cum nōbīsで「我々とともに」。
peregrīnantur: 形式受動態動詞peregrīnor,-ārī(外国を旅行する)の直説法・現在、3人称複数。
rusticantur: 形式受動態動詞rusticor,-ārī(田舎暮らしをする)の直説法・現在、3人称複数。
逐語訳
この(haec)研究は(studia)青年時代を(adulescentiam)養い(alunt)、老年を(senectūtem)楽しませ(oblectant)、順境(secundās rēs)を飾り(ornant)、逆境において(adversīs)避難所(perfugium)と(ac)慰めを(sōlācium)与え(praebent)、家では(domī)楽しませ(dēlenctant)、外では(forīs)邪魔をする(impediunt)ことがなく(nōn)、我々とともに(nōbīscum)夜を過ごし(pernoctant)、外国を旅し(peregrīnantur)、田舎暮らしをする(rusticantur)。
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キケローはラテン語散文作家の頂点に君臨します。私の主催する私塾「山の学校」ではキケローの講読クラスを開いています。「ラテン語講習会」でも『老年について』を月に一度の割合で読んでいます。興味のある方はフォームメールでお問い合わせください。