西洋古典

世界の始まり:ヘーシオドス

世界の始まりはどのようなものであったのでしょうか。古代ギリシアの詩人ヘーシオドスは、『神統記』(116以下)の中で次のように語っています。

まず初めにカオス(混沌)が生まれた。つづいて広大な胸をもつガイア(大地、女神)が、すなわち、雪を戴くオリュンポスの頂きに住まう八百万の神々の、永遠に揺ぎない御座たるガイアが生まれた。また、路広き大地の奥底には、もやの立ちこめるタルタロス(地獄、男神)が誕生した。さらに、不死なる神々の中で、もっとも美しい神エロス(愛、男神)が生まれた。この神は四肢の力を萎えさせ、すべての神々と人間の内なる理性と思慮深い心とを征服する。

つまり、世界の初めにカオスが誕生したこと、カオスが、ガイアとタルタロスとエロスの3人の子供を生んだことが語られています。

続いて誕生した神々について、ヘーシオドスは次のように述べています。

カオスからはエレボス(暗闇、男神)とニュクス(夜、女神)が生まれ、ニュクスからはアイテル(高空、男神)とヘメラ(昼、女神)が生じた。ニュクスがエレボスと情愛の契りを交わし身重となり、アイテルとヘメラを生んだのである。

ここで、エレボス(暗闇)とニュクス(夜)はエロスの働きによって結ばれたと考えられますが、彼らは世界で最初の結婚をしたことになります。そして自分たちと異なる性質の子供(明るい昼と、光あふれる高天)を生んだわけです。この結果、世界には夜と昼、地下の闇と天上の光の区別が明確になりました。

このように、「世界の始まり」、「混沌」、「大地」、「光」、「闇」といったキーワードを意識するとき、私たちは「旧約聖書」の冒頭の言葉を思わずにいられません。

「始めに神が天地を創造された。地は混沌としていた。暗黒(やみ)が原始の海の表面にあり、神の霊風が大水の表面に吹きまくっていたが、神が、「光あれよ」と言われると、光が出来た。神は光を見てよしとされた。神は光と暗黒との混合を分け、神は光を昼と呼び、暗黒を夜と呼ばれた。」(関根正雄氏訳)

しかし厳密に言えば、ヘーシオドスの語る神話においては、大地を生み出したのは、絶対神ではなく、カオスとされていました(そのカオスを何が生みだしたのかは不明確にされています)。またヘーシオドスにおいては、次に明らかなように、大地と天は同時に生み出された(=天地創造)ものでなく、大地が母として天(ウラノス)を生み出したとされます(126以下)。

「ガイアは、まず初めに、自分と同じ大きさのウラノス(天)を生んだ。星のきらめくウラノスを生んだのは、天が大地を覆い尽くし、不死なる神々にとって、永遠に不動の御座となるよう図ったからである。」

またヘーシオドスによれば、ガイアは同時に高い山々と不毛の海ポントスを生みました。こうして世界には、天、地、海が勢揃いしたことになります。(つづきは「大地と天の子」参照)

ところで、ローマの詩人オウィディウスも、ヘーシオドスにならって、世界の始まりをカオス(混沌)との関連で、次のように説明しています。

「海と、大地と、万物をおおう天空が存在する以前には、自然の相貌(そうぼう)は全世界にわたって同一だった。ひとはこれを「混沌」(カオス)と呼んだが、それは、何の手も加えられず、秩序だてられてもいない集塊にすぎなかった。」(『変身物語』第1巻、中村善也訳)

オウィディウスとヘシオドスは、世界の始まりに「混沌(カオス)」を認める点で共通しますが、オウィディウスにおいては、神(deus)が混沌に秩序を与え、天と大地と海を区分したとされます。それがどのような神であったかは曖昧にされていますが(「ひときわすぐれた自然」とも表現しています)、この神が「天空から大地を、大地から海を引き離し、濃密な大気と澄んだ天空とを分けた」のです。

「こうして、神は、定められた境界ですべてのものを区分したのだが、すると、たちまち、長いあいだ暗い闇に押し包まれていた星たちが、くまなく全天に照り輝き始めた。そして、どの領域にもそれぞれの生き物が住むようにとの配慮から、星と神々が天界を領有し、海は、銀鱗(ぎんりん)輝く魚たちに居住の場を与え、陸は獣たちを、動きやまぬ大気は鳥たちを、受け入れた。」

さて、このような世界の始まりについての記述を比較するとき、先に見た『創世記』の記述は、天地の創造主に言及する点において、ヘーシオドスよりも、むしろオウィディウスの表現とより多くの共通点を持っているといえます。もっとも、オウィディウスの『変身物語』においては、ユピテル(ギリシア神話のゼウスに相当)を頂点とした八百万の神々の秩序が前提となっている点で、『創世記』の世界観とは根本的に異なっています。(「人間の誕生」参照)

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