Carmina non dant panem. 歌はパンを与えない

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語彙と文法

「カルミナ・ノーン・ダント・パーネム」と読みます。
carminaは「歌」を意味する第3変化名詞carmen,-minis n. の複数・主格です。
dantは「与える」を意味する不規則動詞dō,dare の直説法・能動態・現在、3人称複数です。
pānem は「パン」を意味する第3変化名詞pānis,-is m.の単数・対格です。
「歌はパンを与えない」と訳せます。

「歌はパンを与えない」の関連表現:『アエネーイス』の例

この言葉で思い出すのが『アエネーイス』の次の箇所です。少し長いですが対訳の形でご紹介します(マクロン省略)。

Aen.1.450-465
Hoc primum in luco nova res oblata timorem 450
leniit, hic primum Aeneas sperare salutem
ausus, et adflictis melius confidere rebus.

この森の中に真新しい光景が現れ、はじめて恐怖を
和らげた。ここで初めてアエネーアースは勇気を出して救いの
希望をもち、絶望のどん底の中で自信を取り戻すことができた。

Namque sub ingenti lustrat dum singula templo,
reginam opperiens, dum, quae fortuna sit urbi,
artificumque manus inter se operumque laborem 455
miratur, videt Iliacas ex ordine pugnas,
bellaque iam fama totum volgata per orbem,
Atridas, Priamumque, et saevum ambobus Achillem.

というのも、大きな神殿の下に描かれた絵の細部を眺め、
女王を待つ間、この都市にどれほどの繁栄が訪れているかに
驚く時、また、芸術家たちの互いの技、努力の結晶を
感嘆して見る時、彼は目にしたのだ、順々に描かれたトロイア戦争、
今や噂によって全世界に知られた戦い、
アトレウスの二人の息子とプリアムス、両者に残酷なアキレウスを。

459
Constitit, et lacrimans, ‘Quis iam locus’ inquit ‘Achate,
quae regio in terris nostri non plena laboris? 460
En Priamus! Sunt hic etiam sua praemia laudi;
sunt lacrimae rerum et mentem mortalia tangunt.
Solve metus; feret haec aliquam tibi fama salutem.’
Sic ait, atque animum pictura pascit inani,
multa gemens, largoque umectat flumine voltum. 465

彼は立ち止まり、涙ながらにこう語る。「今やどの場所が、アカーテースよ、
世界のいかなる国がわれわれの苦難で満たされていないか。
見よ、プリアムスだ。ここにも、誉れに対する相応の報酬がある。
ここには人の世の営みに対する涙がある。人間の行いは心の琴線に触れる。
不安を取り去るがよい。ここに描かれる名声は何らかの救済をおまえに
 もたらすだろう」。
こう述べると、おのが心を実体のない絵によってなぐさめ
何度もため息をつきながら、あふれ出る涙によって顔を濡らした。

最後から2行目のpascitは「食物を与える」という意味の動詞pascoの3人称単数です。主語はpictura(絵)です。見知らぬ土地の見知らぬ建物(神殿)の中に描かれた1枚の絵によって、主人公は心を満たされ、「救われた」と希望を抱くのです。picturaはinanis(原文は奪格形のinani)と形容されます。「実態のない、空虚な」という意味です。このエントリーで紹介したとおり、歌は腹を満たしませんし、絵も同様です。歌も絵も芸術はみなinanis(イナーニス)です。しかし、歌や絵は心に勇気と希望を与える力を持つことを詩人ウェルギリウスはここで暗示しています。

前後関係の説明が十分とは言えませんが、端的に言えば、自分たちは異国の人間につかまって殺されるかも知れないと脅えていたところ、自分たちを主人公にした絵を見つけ、安堵したという流れです。その絵はトロイア戦争の絵であり、描き手、ならびにこの絵を見る人々は、惻隠の情と言うのでしょうか、敗れたトロイアにも共感の念をもっていることが明らかでした。それを主人公はここに認め、「ここには人の世の営みに対する涙がある」と言うわけです。

アエネーイス (西洋古典叢書)
ウェルギリウス
京都大学学術出版会

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この記事を書いた人

ラテン語愛好家。京都大学助手、京都工芸繊維大学助教授を経て、現在学校法人北白川学園理事長。北白川幼稚園園長。私塾「山の学校」代表。FF8その他ラテン語の訳詩、西洋古典文学の翻訳。キケロー「神々の本性について」、プラウトゥス「カシナ」、テレンティウス「兄弟」、ネポス「英雄伝」等。単著に「ローマ人の名言88」(牧野出版)、「しっかり学ぶ初級ラテン語」、「ラテン語を読む─キケロー「スキーピオーの夢」」(ベレ出版)、「お山の幼稚園で育つ」(世界思想社)。

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