ラテン語のアクセント

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ラテン語のアクセント

ラテン語のアクセントのルール

2音節以上からなる単語の場合、単語の後ろから数えて2つめ、ないし3つめの音節にアクセントをつける。

1音節の単語の場合

たとえば、pēs(ペース:足)や ōs(オース:口)は、その音節にアクセントがあります。ここでいう音節の数とは、単語に含まれている母音 (a,i,u,e,o,y)、二重母音(複母音) (ae,au,ei,eu,oe,ui) の数のことです。

2音節の単語の場合

語の最後から数えて2つ目の音節にアクセントは置かれます。Caesar のように2音節の語の場合、ae の部分にアクセントがあります (ae は、後ろから数えて2つめの音節)。Cae-sar は、ae(複母音)と a(母音)の2つを数えますので、 2音節の単語ということになります。vīta (ウィータ:人生)も 2音節の語ですから、同様に、īの箇所(イー)にアクセントがあります。

3音節の単語の場合

たとえば、moneō(モネオー:忠告する)はどうなるでしょう?可能性は、「 <モ>ネオー」か「モ<ネ>オー」です。(<>にアクセント。)ラテン語では、後ろから数えて2番目の音節(mo-ne-ō だと e の音節)に含まれる母音の長短で判断します。

この「後ろから数えて2番目の音節」のことを文法用語でパエヌルティマ(paenultima)と呼びます。

それが「長い」音節であれば、この2番目の部分にアクセントがつきます。「長い」と判断するケースに2種類あります(後述)。それが「短い」音節であれば、語の後ろから数えて3番目の音節にアクセントがつきます。moneō の e は「短い」ので(エーとのばさない)、後ろから3つめの音節(すなわち mo の o )にアクセントがつきます。したがって、「 <モ>ネオー」となります。(<>にアクセント。)

では、「ローマ人」を意味する Rōmānī はどうでしょうか?この言葉をカタカナで表記すると、「ローマーニー」となります。ō, ā, ī の3つの母音がすべて「長い」です。Rō-mā-nī の後ろから数えて2番目の音節は「長い」ことがわかります(つまり「マー」は「長い」)。このとき、この2番目の音節が「長い」ため、ここにアクセントがつきます。すなわち「ロー<マー>ニー」となります。

では、Cicerō (キケロー)はどうなるでしょうか?Ci-ce-rō は3音節ですが、後ろから数えて2番目の ce の e が「短い」ため、後ろから数えて3番目の Ci の音節にアクセントが置かれます。よって「<キ>ケロー」となります。

ローマの歴史家 Līvius (リーウィウス)はどうなるでしょうか?Lī-vi-us は3音節ですが、後ろから数えて2番目の vi の i が「短い」ため、Li にアクセントがつきます。よって「<リー>ウィウス」となります。

3音節以上の単語の場合

ルールは3音節の単語と同じです。たとえば詩人の Horātius(ホラーティウス)や Lucrētius(ルクレーティウス)といった単語はどうなるでしょうか?

Ho-rā-ti-us は4音節ですが、後ろから数えて2番目の音節 ti に含まれる母音 i は「短い」と判断されます。従って、後ろから数えて3番目の音節、すなわち ra にアクセントがつきます。よって、「ホ<ラー>ティウス」と読みます。

Luc-rē-ti-us (ルクレーティウス)も4音節の語ですが、後ろから数えて2番目の音節 ti に含まれる母音 i が「短い」ため、「ルク<レー>ティウス」となります。

詩人 Ovidius (オウィディウス)のアクセントはどうなるでしょうか?O-vi-di-us の場合、後ろから数えて2番目の音節 di の i は「短い」ため、vi にアクセントがつきます。よって、「オ<ウィ>ディウス」となります。

恋愛詩人 Propertius (プロペルティウス)のアクセントはどうなるでしょうか?Pro-per-ti-us は4音節ですが、後ろから数えて2番目の音節 ti の i が「短い」ため、per にアクセントがつきます。よって、「プロ<ペル>ティウス」となります。

ローマの喜劇作家 Terentius (テレンティウス)も同様に「テ<レ>ンティウス」と発音します。

ローマの詩人 Vergilius (ウェルギリウス)の発音はどうでしょうか?Ver-gi-li-us は4音節ですが、後ろから数えて2番目の li の i が「短い」ため gi にアクセントがつきます。よって、「ウェル<ギ>リウス」となります。

音節の区切り方で少し判断が必要な場合

dīvitiae (富、財産)の発音とアクセントはどうなるでしょうか?発音をカナ表記すると「ディーウィティアエ」となります。音節の区切り方として -ae が二重母音であることに注意します。つまり、dī-vi-ti-ae の4音節であるとわかります。後ろから数えて2番目の音節 ti の母音は「短い」ため、アクセントは vi につきます。よって「ディー<ウィ>ティアエ」となります。

次に、famlia (家族)のアクセントはどうなるでしょうか?fa-mi-li-a と音節を切ることができます。つまり語の最後の部分を -lia としません。ia は複母音(二重母音)ではないためです。よって後ろから数えて2番目の音節 li の i が「短い」ため、mi にアクセントがつきます。「ファ<ミ>リア」となります。

母音を「長い」と判断するケース

母音を「長い」と判断するケースは次の2つがあります。

「本質的に長い」ケース。

長母音(=教科書や辞書において、母音の上に横棒<マクロン>がついているケース)または複母音(二重母音)=ae,au,ei,eu,oe,ui を含む音節を「本質的に長い」とみなします。

「位置によって長い」ケース

短母音の次に二個以上の子音が続く場合、その短母音は(「本質的には短い」けれども)「位置によって長い」と判断されます。「少女」を意味するラテン語 puella(プエッラ)を例にとって見てみましょう。この単語の後ろから数えて2番目の音節はeです。

この e は本質的に長い母音ではありません。つまり「エー」と発音するわけではない、ということです。教科書や辞書で、e の上に横棒はついていません。ちなみに、教科書や辞書以外のラテン語テキストでは、この「長母音」の印(マクロン)をつけずに表記するのが一般的です。e の上に横棒(長母音の記号)はついていませんが、このeは 「位置によって長い」とみなします。e の次に子音l(エル)が連続しているためです。puella は、後ろから数えて2番目の音節が「位置によって長い」わけですから、この音節にアクセントがつくと考えられます。よって、「プ<エッ>ラ」と発音します。

次に、ローマの詩人 Catullus (カトゥッルス)の発音はどうなるでしょうか?後ろから数えて2番目の tu の母音は次に二つの子音(l が二つ)が続くため、「位置によって長い」となります。よって、tu にアクセントがつきます。よって、「カ<トゥッ>ルス」となります。

注意すること

子音同士の結びつきの強い<黙音 p, b, t, d, c,g+流音l,r>は切り離されず一子音と数え、そのまま後続する母音につきます。

tenebrae(暗黒)は te-ne-braeとなります。brは1子音と数えます(子音の連続とはみなしません)。後ろから数えて2つ目の音節は「短い」ため、アクセントはte-にあります。よって、「<テ>ネブラエ」です。

音節の分け方

1. 音節を分けるとは母音と母音(または二重母音)を分けるということです。dea (女神)は de-a とし、deae (女神たち)はde-ae とします。この時de-a-e としません。なぜでしょう?ae は二重母音なので一つの長母音として扱うからです。
2. 母音と母音の間に一つの子音がある時、その子音は後ろの母音とともに音節を作ります。rosa(ロサ)(バラ)はro-sa と分けます(o とa にはさまれた sに注意)。amīcus(友)はa-mī-cusとします(aとī にはさまれたm、īとu にはさまれたc に注意)。
3. 子音が二つ以上続く時、最後の一子音が後続する母音につき、残りは前の母音につきます。例えばmittō(送る)は mit-tō、 sanctus(聖なる)はsanc-tusとなります。
4. ただし子音同士の結びつきの強い<黙音 p, b, t, d, c,g+流音l,r>は切り離されず一子音と数え、そのまま後続する母音につきます。tenebrae(暗黒)は te-ne-braeとなります。br の位置に注意して下さい。

エンクリティック(enclitic)

エンクリティック(enclitic)と呼ばれる文法用語があります。教科書によって、「前接語」、「後接語」、「後接辞」、「後倚辞」と訳語がばらばらです。エンクリティックと呼ぶのがよいでしょう。

単語に-que(そして)、-ve(または)、-ne(か?)といったエンクリティックがついた場合、アクセントはその直前に移動します。

ウェルギリウスの『アエネーイス』冒頭をみてください。

Arma virumque canō. 私は戦争と一人の英雄を歌う。

この-queは「そして」を意味するエンクリティックです。英語でA and B とあらわすところ、ラテン語もetを使って A et Bと表現できますが、A Bqueとあらわすこともできます。
エンクリティックを含む単語の場合、その直前の音節にアクセントが置かれるため、virum のアクセントは本来の-i-でなく-u-に移動します。

余談(ラテン詩の韻律)

アクセントについて死語であるラテン語なのに、なぜ上のような説明が可能なのか?疑問に思った人もおられるでしょう。少しややこしいのですが、ラテン語の詩の韻律について説明します。ラテン語のアクセントのルール、個々の単語の母音の長短は、現代に伝わる韻文のテクストがその根拠を与えています。

たとえば上でふれた『アエネーイス』冒頭の表現は、「英雄叙事詩」の韻律で書かれています。母音の長短を調べると、<長・短・短>(ダクテュルス)または<長・長>(スポンデウス)で一つの「脚」を作り、1行に6つの「脚」が認められます。

『アエネーイス』の1行目は、Arma virumque canō Trōjae quī prīmus ab ōrīsですが、韻律の分析を行うと、次のように6つの脚が見つかります。

Arma vi | rumque ca | nō Trō | jae quī | prīmus ab | ōrīs
・短・短><・短・短><・長><・長><・短・短><・長>と並んでいます。

「長」とみなす母音をよく見ると、1)本質的に長い場合と、2)位置によって長い場合があります。上で説明した「母音の長短」のルールがわかれば、個々の母音を「長い」(あるいは短い)と判定する基準がわかるようになります。

参考まで、それぞれの「脚」における「長短」の判定基準を示します。

1脚:ArmaのAは子音rとmの前にあるため「位置によって長い」。Armaのaは「短い」。virumqueのi は「短い」。これで「長・短・短」。
2脚:virumqueのu はmとquの前にあるため「位置によって長い」。quは[kw]の音を表す。uは母音とみなさない。virumqueのe は「短い」。canōのaは「短い」。これで「長・短・短」。
3脚:canōのōは「本質的に長い」(マクロンがついている)。Trōjaeのōは「本質的に長い」。これで「長・長」。
4脚:Trōjaeのaeは「本質的に長い」(二重母音)。quīのīは「本質的に長い」。これで「長・長」。
5脚:prīmusのīは「本質的に長い」(マクロンがついている)。prīmusのuは「短い」。abのaは「短い」。これで「長・短・短」。
6脚:ōrīsのōは「本質的に長い」(マクロンがついている)。ōrīsのīは「長い」(マクロンがついている)。これで「長・長」。

ラテン詩の韻律については、河島思朗氏の解説が詳しいです。>>「ラテン文学の韻律」(1) / 「ラテン詩の韻律」(2) / 「ラテン文学の韻律」(3)

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この記事を書いた人

ラテン語愛好家。京都大学助手、京都工芸繊維大学助教授を経て、現在学校法人北白川学園理事長。北白川幼稚園園長。私塾「山の学校」代表。FF8その他ラテン語の訳詩、西洋古典文学の翻訳。キケロー「神々の本性について」、プラウトゥス「カシナ」、テレンティウス「兄弟」、ネポス「英雄伝」等。単著に「ローマ人の名言88」(牧野出版)、「しっかり学ぶ初級ラテン語」、「ラテン語を読む─キケロー「スキーピオーの夢」」(ベレ出版)、「お山の幼稚園で育つ」(世界思想社)。

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