Vitia nostra regionum mutatione non fugimus.

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「ウィティア・ノストラ・レギオーヌム・ムーターティオーネ・ノーン・フギムス」と読みます。
vitia は「欠点」を意味する第2変化名詞 vitium,-ī n.の複数・対格で、fugimus の目的語です。
nostra は「われわれの」を意味する1人称複数の所有形容詞 noster,-tra,-trumの中性・複数・対格です。
regiōnum は「場所」を意味する第3変化名詞 regiō,-ōnis f. の複数・属格で、mūtātiōne にかかります。
mūtātiōne は「変更」を意味する第3変化名詞 mūtātiō,-ōnis f.の単数・奪格です。「場所の変更によって」と訳せます(「手段の奪格」)。
fugimus は「逃れる」を意味する第3変化B動詞 fugiō の直説法・能動態・現在、1人称複数です。
「われわれは場所の変更によって自分の欠点から逃れることはない」と訳せます。

「場所を変えても自分の欠点から逃れることはできない」という意味です。

場所を変えても、自分からは逃れられない

表題は古代末期から中世初期にかけて活躍したラテン作家エンノディウスの書簡に見える言葉です。相手の考え方や人との接し方を諫める文脈で述べられています。

vitia nostra は「私たちの欠点」、regiōnum mūtātiōne は「土地を変えることによって」、nōn fugimus は「私たちは逃れない」という意味です。したがって、直訳すれば「私たちは土地を変えることによって、自分たちの欠点から逃れることはない」となります。

この言葉の直前でエンノディウスは、どこへ行っても「疑い深い心」を置き去りにすることはできない、と述べています。土地を変えることはできても、自分の心の持ち方まで簡単に変わるわけではない、ということです。

これとよく似た発想は、ホラーティウスやセネカにも見られます。ホラーティウスは『書簡詩』の中で、「悩みを取り除くのは理性と知性であって、広がる海を見渡す土地ではない」と述べ、

Caelum, nōn animum mutant, quī trāns mare currunt.
「海を越えて走る者たちは、空を変えるのであって、心を変えるのではない。」

と続けます(『書簡詩』1.11.27)。

セネカもまた、「変えるべきなのは空ではなく、心だ」(Animum dēbēs mūtāre, nōn caelum.)と述べています(『倫理書簡集』28.1)。

ルクレーティウスの Sē quisque fugit.(「誰もが自分自身から逃れようとする」)も、同じ問題を別の角度から言い表しています。場所を変えても、自分自身から逃れることはできない――この発想は、ローマ文学に繰り返し現れる主題の一つです。

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この記事を書いた人

ラテン語愛好家。京都大学助手、京都工芸繊維大学助教授を経て、現在学校法人北白川学園理事長。北白川幼稚園園長。私塾「山の学校」代表。FF8その他ラテン語の訳詩、西洋古典文学の翻訳。キケロー『神々の本性について』(岩波書店)、ネポース『英雄伝』(講談社学術文庫)、プラウトゥス『カシナ』、テレンティウス『兄弟』、ルクレ―ティウス『事物の本性について』(いずれも京都大学学術出版会)。単著に『ローマ人の名言88』(牧野出版)、『しっかり学ぶ初級ラテン語』、『しっかり身につくラテン語トレーニングブック』、『ラテン語を読む─キケロー「スキーピオーの夢」』(いずれもベレ出版)、『お山の幼稚園で育つ』(世界思想社)。

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