天界の音楽の模倣(「スキーピオーの夢」より)

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キケローの「スキーピオーの夢」の中で、天界の音楽への言及がなされます。該当箇所(Cic.Rep.6.18)の和訳、語釈、逐語訳を紹介します。

quod doctī hominēs nervīs imitātī atque cantibus, aperuērunt sibi reditum in hunc locum, sīcut aliī quī praestantibus ingeniīs in vītā hūmānā dīvīna studia coluērunt.

<和訳>
そしてこれを学者たちは弦や歌曲によって模写し、この場所へのおのれの帰還の道を開いたが、それはちょうど、卓越した才能によって、人間の生において、神のごとき研鑽を積んだ他の者たちと同じであった。

<語釈>
quod: 関係代名詞quī,quae,quodの中性・単数・対格。指示代名詞の用法。「これを」と訳す。具体的に指示する名詞はなく、前の文で語られた内容をさす。ここでは天界で音楽が奏でられる様子を意味する。
doctī: 第1・第2変化形容詞doctus,-a,-um(学のある、熟達した)の男性・複数・主格。hominēsにかかる。
hominēs: homō,-minis c.(人間)の複数・主格。doctī hominēsで「学者」または「(音楽に)熟達した者たち」を意味する。前者の例として、ギリシアの学者ピュータゴラースが想起される。すなわち、「ピュータゴラースは弦の長さと音色のあいだに一定の比例があることを発見したと伝えられる」(「岡」p.167)。後者の例としては竪琴の名手オルペウスなど。
nervīs: nervus,-ī m.(弦)の複数・奪格(「手段の奪格」)。「弦によって」。
imitātī: 形式受動態動詞imitor,-ārī(模写する)の完了分詞、男性・複数・主格。「模写して」と述語的に訳す。
atque: 「そして」。atqueは2つの名詞nervīsとcantibusをつなぐ。
cantibus: cantus,-ūs m.(歌曲)の複数・奪格(「手段の奪格」)。「歌曲によって」。
aperuērunt: aperiō,-īre(開く)の直説法・能動態・完了、3人称複数。主語はdoctī hominēs(学者)。
sibi: 3人称の再帰代名詞suī(自分自身)の複数・与格。「自分たちに」と訳す。
reditum: reditus,-ūs m.(帰還)の単数・対格。aperuēruntの目的語。
in: <対格>への
hunc: 指示形容詞hic,haec,hoc(この)の男性・単数・対格。locumにかかる。
locum: locus,-ī m.(場所)の単数・対格。「この(hunc)場所(locum)への(in)帰還(の道)を(reditum)開いた(aperuērunt)」。
sīcut: ちょうど~と同様に
aliī: 代名詞的形容詞alius,-a,-um(他の)の男性・複数・主格。名詞として用いられ、「他の人々が」と訳す。sīcut aliī,quī…は、「ちょうどquī以下のような他の人たちがそうするのと同じように」。
quī: 関係代名詞quī,quae,quodの男性・複数・主格。先行詞はaliī。
praestantibus: 第3変化形容詞praestans,-antis(卓越した)の中性・複数・奪格。ingeniīsにかかる。
ingeniīs: ingenium,-ī n.(才能)の複数・奪格(「手段の奪格」)。「卓越した(praestantibus)才能によって(ingeniīs)」。
in: <奪格>において
vītā: vīta,-ae f.(生)の単数・奪格。
hūmānā: 第1・第2変化形容詞hūmānus,-a,-um(人間の)の女性・単数・奪格。vītāにかかる。in vītā hūmānāで「人間の生において」。
dīvīna: 第1・第2変化形容詞dīvīnus,-a,-um(神のような)の中性・複数・対格。studiaにかかる。
studia: studium,-ī n.(研鑽)の複数・対格。coluēruntの目的語。
coluērunt: colō,-ere(育む)の直説法・能動態・完了、3人称複数。dīvīna studia coluēruntで「神のような(dīvīna)研鑽を(studium)育んだ(coluērunt)」。studiaを「研鑽」と訳すなら、coluēruntは「積んだ」としてよい。

<逐語訳>
そしてこれを(quod)学のある(doctī)人間たちは(hominēs)弦によって(nervīs)そして(atque)歌曲によって(cantibus)模写し(imitātī)、自分たちに(sibi)この(hunc)場所(locum)への(in)帰還(の道)を(reditum)開いた(aperuērunt)、ちょうど次のように(sīcut)、すなわち、卓越した(praestantibus)才能によって(ingeniīs)人間の(hūmānā)生(vītā)において(in)神のような(dīvīna)研鑽を(studia)積んだ(coluērunt)ところの(quī)他の者たち(aliī)のように。

文献案内

「スキーピオーの夢」はキケローの『国家について』(全6巻)の最終巻の別名です。内容に独特の魅力があり、西洋社会では2千年にわたって愛読されてきました。そのラテン語全体の語彙と文法の解説を行った図書として次のものがあります。日本語訳を読んでも難しいといえば難しい部分もありますが、がんばって最後まで読み通したら、相当なラテン語の力がつくこと請け合いです。

単語も難しいのでしょう?

「スキーピオーの夢」の語彙は前置詞āや動詞sumも含めて800語もありません。これだけの語彙数でよくこれだけの内容を表現できたと感心します。語彙数が少ない代わりに、一字一句の意味は豊富にあり、文脈で適切な訳語を判断する必要があり、その点が難しいと思います。これはラテン語全体についていえます。

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この記事を書いた人

ラテン語愛好家。京都大学助手、京都工芸繊維大学助教授を経て、現在学校法人北白川学園理事長。北白川幼稚園園長。私塾「山の学校」代表。FF8その他ラテン語の訳詩、西洋古典文学の翻訳。キケロー「神々の本性について」、プラウトゥス「カシナ」、テレンティウス「兄弟」、ネポス「英雄伝」等。単著に「ローマ人の名言88」(牧野出版)、「しっかり学ぶ初級ラテン語」、「ラテン語を読む─キケロー「スキーピオーの夢」」(ベレ出版)、「お山の幼稚園で育つ」(世界思想社)。

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