Q. 主格が二つ並ぶときの訳しかた

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Q. 主格が二つ並ぶときの訳し方がよくわかりません。

A. 主語Aと「主語を説明する主格」Bが並ぶときがあり、訳し方に注意が必要です。英語では主語Aについて「Bとして」と説明する場合asを用いてA as Bと表現したり、「Bのように」とたとえる場合、A like Bと表現したりします。このような場合、ラテン語では主格Aと主格Bを並べるだけです。AとBのどちらが主語で、どちらがそれを説明する語なのかを正確に見極める必要があります。

Et genus et formam rēgīna pecūnia dōnat.をどう訳せばよいか、考えてみましょう。主格は、rēgīna(女王)とpecūnia(金銭)の2つです。genus(身分)は第3変化の中性名詞なので、一見主語に見えますが、この文ではformam(身なり)とともに対格であり、動詞dōnat(授ける)の目的語です。et A et Bの構文は英語のboth A and Bと同じです。したがって、このラテン文は、「<主語>は、genusとformamを授ける(dōnat)」と訳せることがわかります。あとは<主語>が「女王」か「金銭」かどちらか?です。この問いは、言い換えると、「身分」と「身なり」を「授ける」のはどちらか?ということです。片方を主語と見た場合、もう片方はどう全体の訳に組み込めばよいか?という問いが残ります。このとき、上でふれたように「AはBとして」と訳せばよいという知識が役に立ちます。「女王は金銭として(金銭のように)」がよいか、「金銭は女王として(女王のように)」がよいか、です。正解は後者です。全体は、「金銭は女王のように、身分と身なりを授けてくれる」と訳します。

応用問題として、オウィディウスの Bōs quoque formōsa est.の訳し方を検討しましょう。語彙は、「bōs,bovis c. 牛 quoque 同じく、また formōsus,-a,-um 美しい」となります。文頭のbōsは主格ですが、主語として訳すと「牛(bōs)もまた(quoque)美しい(formōsa est)」となります。文法的に誤訳ではありませんが、意味がピンときません。原文ではユピテルに愛された王女(イーオー)が牛に姿を変えられる悲劇が語られています。例文の主語は動詞のestからIlla(彼女は=イーオーは)を補います。Illa bōsと主格が並ぶ時、どちらかが主語で、どちらかが「主語を説明する主格」です。このラテン語は「彼女は(illa)牛として(bōs)」と訳すのか、「牛は彼女として」と訳すのか、二択です。もちろん、前者が自然だと考えられます。全体をまとめて訳すと、「彼女は牛になっても美しい。」という日本語になります。illaが省略され、この語を説明するbōsだけが後に残った形なので、簡単に見えて訳しづらいラテン語表現です。

しっかり学ぶ初級ラテン語 (Basic Language Learning Series)
山下 太郎

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この記事を書いた人

ラテン語愛好家。京都大学助手、京都工芸繊維大学助教授を経て、現在学校法人北白川学園理事長。北白川幼稚園園長。私塾「山の学校」代表。FF8その他ラテン語の訳詩、西洋古典文学の翻訳。キケロー「神々の本性について」、プラウトゥス「カシナ」、テレンティウス「兄弟」、ネポス「英雄伝」等。単著に「ローマ人の名言88」(牧野出版)、「しっかり学ぶ初級ラテン語」、「ラテン語を読む─キケロー「スキーピオーの夢」」(ベレ出版)、「お山の幼稚園で育つ」(世界思想社)。

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