Noli turbare circulos meos! 私の円を乱すな

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語彙と文法

「ノーリー・トゥルバーレ・キルクロース・メオース」と読みます。
nōlīは不定法を伴い「<不定法>をするな」と2人称単数に対する禁止の命令を表します。
turbāreは「乱す」を意味する第1変化動詞 turbō,-āreの不定法・能動態・現在です。
circulōsは「円」を意味する第2変化名詞 circulus,-ī m.の複数・対格です。
meōsは「私の」を意味する1人称単数の所有形容詞 meus,-a,-umの男性・複数・対格で、circulōsにかかります。
「私の円を乱すな」と訳せます。
地面の上で幾何の問題を解いていたアルキメデースがローマ兵に放った言葉として知られます。

Nōlīを使った表現

Nōlīは不定法を伴い「~するなかれ」を意味します。有名な例文として、

Nōlī mē tangere.(ノーリー・メー・タンゲレ)があります。

誰にとっても自分の大切なものがあります。その取り組みを妨害されることへの「No!」の気持ちを表す言葉と受け止めることも可能です。

エッセイ

この言葉は、古代ギリシャの天才数学者アルキメデスが残した最後の言葉として広く知られています。紀元前212年、ローマ軍がシラクサを攻めた際、アルキメデスは地面に描いた幾何学図形の研究に没頭していました。武装したローマ兵が近づいても、アルキメデスは一歩も動かず、この言葉を発したと伝えられます。しかしその訴えも虚しく、彼はその場で殺されてしまいました。

ただし、この言葉の来歴には注意が必要です。アルキメデスの最後の場面を伝える最古の記録はウァレリウス・マクシムスの『言行録』(Val.Max.8.7)ですが、そこでの言葉は「noli, obsecro, istum disturbare(どうかこれを乱さないでほしい)」であり、表題の「Noli turbare circulos meos」とは異なります。表題の形は後世に整えられたものと考えられますが、アルキメデスが最後の瞬間まで研究に没頭していたという伝承の核心は変わりません。

ラテン語で「Nōlī turbāre circulōs meōs!」は「私の円を乱すな」と訳されます。nōlī は否定命令で「~するな」、turbāre は「かき乱す」、circulōs meōs は「私の円を」を意味します。ここでの「円」は、単なる図形ではなく、彼の思索、探究、精神世界の象徴と考えられます。

アルキメデスにとって、円を描くことは、まさに宇宙の法則と向き合い、真理に迫る営みでした。その静かな探究の世界に、剣を手にした兵士が無遠慮に踏み込んできた――この場面は、精神の自由と暴力、知の追求と現実の無理解との衝突を象徴しています。

この言葉は、科学者や思想家がどのような時代においても直面する「外からの干渉」や「圧力」への静かな抵抗とも受け取れます。現代に生きる私たちにとって「自分の円」とは何でしょうか? 夢中になれること、時間を忘れて没頭できること、誰にも侵されたくない心の領域――それらを守ることは、人として大切にしたい自由を守ることを意味します。「私の円を乱すな」という短い一言は、知と静けさを守ろうとした一人の学者の叫びであり、日々の喧騒の中で忘れがちな問いを静かに投げかけてきます。

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この記事を書いた人

ラテン語愛好家。京都大学助手、京都工芸繊維大学助教授を経て、現在学校法人北白川学園理事長。北白川幼稚園園長。私塾「山の学校」代表。FF8その他ラテン語の訳詩、西洋古典文学の翻訳。キケロー「神々の本性について」、プラウトゥス「カシナ」、テレンティウス「兄弟」、ネポス「英雄伝」等。単著に「ローマ人の名言88」(牧野出版)、「しっかり学ぶ初級ラテン語」、「ラテン語を読む─キケロー「スキーピオーの夢」」(ベレ出版)、「お山の幼稚園で育つ」(世界思想社)。

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