Tempus edax rerum. 時間は万物をむさぼり食う

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オウィディウス
オウィディウス

「テンプス・エダクス・レールム」と読みます。
tempusは「時間」を意味する第3変化名詞 tempus,-oris n. の単数・主格です。
edaxは「貪欲な、大食する、むさぼり食う、破壊的な」を意味する第3変化形容詞 edax,-acis の中性・単数・主格です。この単語は「食べる、食い尽くす」を意味する動詞 edoに由来する語です。
rerumは「事物」を意味する第5変化名詞 res,rei f.の複数・属格です。「目的語的属格」とみなせます。この場合のrerumは「万物」と訳してもよいでしょう。
「時間は万物を食い尽くす」(estを補う。edaxは形容詞の述語的用法)、あるいは「万物を食い尽くす時」(edaxは形容詞の属性的用法)という意味になります。
「時間」を大食漢に見立てた擬人的表現です。
オウィディウスの『変身物語』に見られる言葉です(Met.15.234)。

文献案内

オウィディウス 変身物語〈下〉 (岩波文庫)
オウィディウス Publius Ovidius Naso
4003212029

補足

Gutta cavat lapidem.という表現があります。 

「滴は石を穿つ」を意味します。

オウィディウス の『黒海よりの手紙』に見られる表現です(Ov.Pont.4.10.5)。

前後の文脈は次の通りです。

このキンメリアの海辺で、毛皮をまとったゲタイ人たちの中に暮らしながら、
私は今、三度目の夏を迎えようとしている。

いったいどれほどの石、どれほどの鉄を、
最愛の友よ、アルビノウァーヌスよ、
君は私の忍耐の固さに比べようというのか。

滴は石を穿ち(Gutta cavat lapidem)、指輪は使われてすり減り、
曲がった鋤も押し固められた土によって摩耗する。ならば、万物を食い尽くす時も(Tempus edax)、
いつかは私のこの打ち勝たれぬ忍耐を滅ぼすだろう。
死さえも私の頑なさには敗れて足を止めている。

ここに表題のtempus edax(万物を食い尽くす時)が用いられています。

じつはこの引用箇所は次のルクレティウスの表現(1.311-318)をふまえています。

また、太陽の運行が長い歳月を重ねると、
指輪は使っているうちに内側がすり減り、
雨だれは石に穴を穿つ。曲がった 鉄の鋤も、
畑で使い続けるうちにいつしかすり減ってゆく。
舗装された街道の敷石が人の足に踏まれてすり減るのは  315
見てのとおりである。門のそばの青銅の像の
右手もまた、通り過ぎる者たちが 挨拶するたび
触れられて、時とともにすり減っていく。

ルクレティウスの全文を検索しましたが edax は一度も使用例がなく、オウィディウス独自の表現だとわかります。

オウィディウス

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この記事を書いた人

ラテン語愛好家。京都大学助手、京都工芸繊維大学助教授を経て、現在学校法人北白川学園理事長。北白川幼稚園園長。私塾「山の学校」代表。FF8その他ラテン語の訳詩、西洋古典文学の翻訳。キケロー「神々の本性について」、プラウトゥス「カシナ」、テレンティウス「兄弟」、ネポス「英雄伝」等。単著に「ローマ人の名言88」(牧野出版)、「しっかり学ぶ初級ラテン語」、「ラテン語を読む─キケロー「スキーピオーの夢」」(ベレ出版)、「お山の幼稚園で育つ」(世界思想社)。

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