西洋古典

探し求めるべきは

2013年6月14日

[11] Quaerendum est quod non fiat in dies peius, cui non possit obstari. Quid hoc est? animus, sed hic rectus, bonus, magnus. Quid aliud voces hunc quam deum in corpore humano hospitantem? Hic animus tam in equitem Romanum quam in libertinum, quam in servum potest cadere. Quid est enim eques Romanus aut libertinus aut servus? nomina ex ambitione aut iniuria nata. Subsilire in caelum ex angulo licet:
「心」と言えば、セネカの含蓄に富んだ言葉を紹介しましょう。

「探し求められるべきは、日がたっても悪くならないもの、いかなる妨害もありえぬものです。それはなにか?心です。それもまっすぐで、善で、偉大な。それを君は、人間の肉体に宿った神という以外に何と名付けられますか?この心は、ローマの騎士にも、解放市民にも、奴隷にも、舞い降りることが可能です。なぜといって、「ローマの騎士」とか、「解放市民」とか、「奴隷」とか、一体これはなんですか?支配欲と不正から生まれた名称以外のなにものでもないではありませんか?どんな片隅からでも天上へ舞い上がることが可能なのです。」(31-11)(中野孝次訳、岩波書店「ローマの哲人セネカの言葉」)

ローマの哲人 セネカの言葉
中野 孝次

上の例でおわかりの通り、中野氏の訳は読んでいて小気味よく、セネカの肉声を伝えるかのようです。

-西洋古典
-

© 2020 山下太郎 Powered by AFFINGER5