エッセイ

スキーピオーの風呂

哲人セネカは機会に恵まれ、古代の英雄スキーピオーの別荘に泊まります。没後二五〇年以上経ってからのこと。スキーピオーは宿敵カルタゴを破ったローマの将軍です。

セネカはこの別荘の風呂場を見て感動します。現代の贅を尽くした大浴場と異なる静謐さをたたえた小さな浴室。でも、とセネカは問いかけます。「今日、ここで体を洗うのを我慢できる者がどれだけいるだろうか」と。

「今の風呂は、鏡や大理石を用いた手の込んだ装飾が施されている。天井はガラスで覆われ、銀の蛇口から水が溢れ出す。これが庶民の風呂場の設備。贅沢は、宝石の床でなければ歩きたくないというところまで来てしまっている!」

スキーピオーの時代は八日に一度しか風呂に入りませんでした。現代人はそれを不潔だと嘲笑します。しかしセネカに言わせると、昔の男たちは不潔どころか、軍務と労苦と勇士の香りがしたのである、それに対し「清潔な風呂ができてから、今のローマ人は心が汚くなった」と。

実際セネカの時代は大規模なテルマエ(大浴場)の建設が行われ、ローマ人の愛好する娯楽施設となりました。が、贅沢は度を越し、海上に温水プールを備えた施設を築くまでに。

セネカは「スキーピオーの風呂」(balleum Scipionis)を紹介することで、今はなき質素で心逞しい時代に思いを馳せています。その思いは我々現代人にも届くのではないでしょうか。

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