ウェルギリウスの『アエネーイス』には魅力的な登場人物が数多く描かれますが、作品前半のもっとも重要な登場人物の一人として、カルターゴーの女王ディードーの名を挙げることができるでしょう。彼女は主人公アエネーアースを呪いつつ、自ら死を選びます。引用個所はその最期の場面です。
ディードーの死(4.693-705)
Tum Iuno omnipotens longum miserata dolorem
difficilisque obitus Irim demisit Olympo
quae luctantem animam nexosque resolveret artus. 695
nam quia nec fato merita nec morte peribat,
sed misera ante diem subitoque accensa furore,
nondum illi flavum Proserpina vertice crinem
abstulerat Stygioque caput damnaverat Orco.
ergo Iris croceis per caelum roscida pennis 700
mille trahens varios adverso sole colores
devolat et supra caput astitit. ‘hunc ego Diti
sacrum iussa fero teque isto corpore solvo’:
sic ait et dextra crinem secat, omnis et una
dilapsus calor atque in ventos vita recessit. 705
(試訳)このとき全能のユーノーは長引く痛みと
死に切れない苦悩を哀れに思い、オリュンプスからイーリスを遣わし、
苦闘する魂を絡み合った四肢から解放させようとした。
ディードーは天寿を全うしたのでもなく、応報の死を迎えたのでもなく、
哀れにも時満ちる前、突然の愛の凶気に身を焦がして倒れたのだった。
いまだプローセルピナは、彼女の頭から黄金の髪を切り取ることも、
その亡骸を冥界のステュクス川に引き渡すこともせずにいた。
そこで露に濡れたイーリスはサフラン色の翼で天を横切ると、
太陽に向き合い千変万化の色彩をきらめかせて
急降下し、ディードーの頭上で止まった。「命じられたとおり、わたしは
これをディースへの奉納物として届け、おまえを肉体から解き放つ」。
こう述べると女神は右手で髪の毛を切り取った。と同時に
すべての熱は消失し、ひとつの命が風の中に退いた。