セネカ『倫理書簡集』1.2を読む:時間だけは我々のもの
[2] (1) Quem mihi dabis quī aliquod pretium temporī pōnat, quī diem aestimet, quī intellegat sē cotīdiē morī? (2) In hōc enim fallimur, quod mortem prospicimus: (3) magna pars ēius iam praeterit; (4) quidquid aetātis retrō est mors tenet. (5) Fac ergō, mī Lūcīlī, quod facere tē scrībis, omnēs hōrās complectere; (6) sīc fīet ut minus ex crastinō pendeās, sī hodiernō manum iniēceris.
(1) Quem mihi dabis quī aliquod pretium temporī pōnat, quī diem aestimet, quī intellegat sē cotīdiē morī?
Quem: 疑問代名詞quis,quid(誰、何)の男性・単数・対格。「誰を」。
mihi: 1人称単数の人称代名詞、与格。
dabis: 不規則動詞dō,dare(与える)の直説法・能動態・未来、2人称単数。「誰を私に君は(例として)与えるだろうか」。「与える」は「例として挙げる」という意味で用いられている。
quī: 関係代名詞quī,quae,quodの男性・単数・主格。先行詞はQuem。
aliquod: 不定形容詞aliquī,-qua,-quod(ある、何らかの)の中性・単数・対格。pretiumにかかる。
pretium: pretium,-ī n.(価値)の単数・対格。pōnatの目的語。「ある(aliquod)価値を」。
temporī: tempus,-poris n.(時間)の単数・与格。「時間に」。
pōnat: pōnō,-ere(置く)の接続法・能動態・現在、3人称単数。関係文における「傾向の接続法」。「~するような」。
qui: 関係代名詞quī,quae,quodの男性・単数・主格。先行詞はQuem。
diem: diēs,-ēī m.(日)の単数・対格。
aestimet: aestimō,-āre(評価する)の接続法・能動態・現在、3人称単数。関係文における「傾向の接続法」。「~するような」。
quī: 関係代名詞quī,quae,quodの男性・単数・主格。先行詞はQuem。
intellegat: intellegō,-ere(理解する、わきまえる)の接続法・能動態・現在、3人称単数。関係文における「傾向の接続法」。「~するような」。
sē: 3人称の再帰代名詞、男性・単数・対格。「自分が」。不定法morīの意味上の主語(「対格不定法」)。
cotīdiē: 毎日(副詞)。
morī: 形式受動態動詞morior,-ī(死ぬ)の不定法・現在。
<逐語訳>
(quī以下の)誰を(Quem)私に(mihi)君は(例として)与えるだろうか(dabis)、何らかの(aliquod)価値を(pretium)時間に(temporī)置く(pōnat)ような(quī)、一日一日を(diem)評価する(aestimet)ような(quī)、自分が(sē)毎日(cotīdiē)死ぬことを(morī)理解する(intellegat)ような(quī)。
(2) In hōc enim fallimur, quod mortem prospicimus:
In: <奪格>に
hōc: 指示代名詞hic,haec,hoc(これ、この)の中性・単数・奪格。quod以下の内容を指す。In hōcで「これにおいて」、すなわち「この点で」。
enim: というのも
fallimur: fallō,-ere(欺く)の直説法・受動態・現在、1人称複数。「これ(hōc)において(in)我々は欺かれる(fallimur)」。
quod: 「~ということ」。名詞節を導く。
mortem: mors,mortis f.(死)の単数・対格。
prospicimus: prospiciō,-ere(遠くに見る)の直説法・能動態・現在、1人称複数。
<逐語訳>
というのも(enim)これ(hōc)において、我々は欺かれる(fallimur)、すなわち、死を(mortem)遠くに見る(prospicimus)ということ(quod)において。
(3) magna pars ēius iam praeterit;
magna: 第1・第2変化形容詞magnus,-a,-um(大きい)の女性・単数・主格。parsにかかる。
pars: pars,partis f.(部分)の単数・主格。
ēius=ējus: 指示代名詞is,ea,id(それ、その)の女性・単数・属格。morsの単数・属格を表す。morsの単数・属格を指す。「それの(死の)大(magna)部分は(pars)」。
iam=jam: すでに
praeterit: praetereō,-īre(そばを過ぎる)の直説法・能動態・現在、3人称単数。
<逐語訳>
それの(ēius)大(magna)部分は(pars)すでに(iam)そばを通り過ぎている(praeterit)。
(4) quidquid aetātis retrō est mors tenet.
quidquid: 不定関係代名詞quisquis,quisquis,quidquid(~するものは誰(何)であれ)の中性・単数・対格。tenetの目的語。
aetātis: aetās,-ātis f.(生涯)の単数・属格(「部分の属格」)。quidquidにかかる。
retrō: 「後ろへ、過去に」。
est: 不規則動詞sum,esse(ある)の直説法・現在、3人称単数。「生涯のうち(aetātis)過去に(retrō)ある(est)ところのものは何であれ(quidquid)」。
mors: mors,mortis f.(死)の単数・主格。文の主語。
tenet: teneō,-ēre(しっかりつかむ)の直説法・能動態・現在、3人称単数。
<逐語訳>
生涯の(aetātis)過去に(retrō)ある(est)ところのものは何であれ(quidquid)、死が(mors)しっかりとつかむ(tenet)。
(5) Fac ergō, mī Lūcīlī, quod facere tē scrībis, omnēs hōrās complectere;
Fac: faciō,-ere(行う)の命令法・能動態・現在、2人称単数。
ergō: それゆえ
mī: 1人称単数の所有形容詞meus,-a,-umの男性・単数・呼格。
Lūcīlī: Lūcīlius,-ī m.(ルーキーリウス)の単数・呼格。
quod: 関係代名詞quī,quae,quodの中性・単数・対格。先行詞idは省略。facereの目的語。
facere: faciō,-ere(行う)の不定法・能動態・現在。
tē: 2人称単数の人称代名詞、対格。facereの意味上の主語。
scrībis: scrībō,-ere(書く)の直説法・能動態・現在、2人称単数。
omnēs: 第3変化形容詞omnis,-e(すべての)の女性・複数・対格。hōrāsにかかる。
hōrās: hōra,-ae f.(時間)の複数・対格。complectereの目的語。
complectere: complectō,-ere(つかむ)の不定法・能動態・現在。「すべての時間をつかむこと」とは、「すべての時間を無駄にしないこと」。
<逐語訳>
それゆえ(ergō)、わが(mī)ルーキーリウスよ(Lūcīlī)、あなたが(tē)それを行うことを(facere)(手紙に)書いている(scrībis)ところの(quod)こと、(すなわち)すべての(omnēs)時間を(hōrās)つかむことを(complectere)行え(Fac)。
(6) sīc fīet ut minus ex crastinō pendeās, sī hodiernō manum iniēceris.
sīc: そのように(ut以下のように)
fīet: 不規則動詞fīō,fierī(なる)の直説法・能動態・未来、3人称単数。「ut以下のように、そのように(sīc)なるだろう(fīet)」。
ut: ~のように
minus: より少なく
ex: <奪格>から
crastinō: 第1・第2変化形容詞crastinus,-a,-um(明日の)の中性・単数・奪格。
pendeās: pendeō,-ēre(<ex+奪格>に頼る)の接続法・能動態・現在、2人称単数。
sī: もしも
hodiernō: 第1・第2変化形容詞hodiernus,-a,-um(今日の)の中性・単数・奪格。
manum: manus,-ūs f.(手)の単数・対格。
iniēceris=injēceris: iniciō,-ere(投げ入れる)の直説法・能動態・未来完了、2人称単数。「今日の日をしっかりつかむ」という趣旨の表現。
<逐語訳>
次のように(sīc)なるだろう(fīet)、君がより少なく(minus)明日のことに(ex crastinō)頼る(pendeās)ように(ut)、もし(sī)君が今日のことに(hodiernō)手を(manum)投げ入れる(iniēceris)ならば。
[3] (7) Dum differtur vīta transcurrit. (8) Omnia, Lūcīlī, aliēna sunt, tempus tantum nostrum est.
(7) Dum differtur vīta transcurrit.
Dum: ~する間
differtur: differō,-ere(先延ばしする、遅らせる)の直説法・受動態・現在、3人称単数。主語はvīta。
vīta: vīta,-ae f.(人生)の単数・主格。「人生が(vīta)先延ばしされる(differtur)間(Dum)」。
transcurrit: transcurrō,-ere(急いで通過する)の直説法・能動態・現在、3人称単数。主語はvīta。
<逐語訳>
人生が(vīta)先延ばしされる(differtur)間(Dum)、それは急いで通過する(transcurrit)。
(8) Omnia, Lūcīlī, aliēna sunt, tempus tantum nostrum est.
Omnia: 第3変化形容詞omnis,-e(すべての)の中性・複数・主格。名詞的に用いられ、「すべてのものは」を意味する。
Lūcīlī: Lūcīlius,-ī m.(ルーキーリウス)の単数・呼格。
aliēna: 第1・第2変化形容詞aliēnus,-a,-um(他の、他人の)の中性・複数・主格。文の補語。
sunt: 不規則動詞sum,esse(である)の直説法・現在、3人称複数。
tempus: tempus,-poris n.(時間)の単数・主格。
tantum: ただ、唯一
nostrum: 1人称複数の所有形容詞noster,-tra,-trumの中性・単数・主格。
est: 不規則動詞sum,esse(である)の直説法・現在、3人称単数。
<逐語訳>
すべてのものは(Omnia)、ルーキーリウスよ(Lūcīlī)、他人のもの(aliēna)である(sunt)。ただ(tantum)時間(tempus)だけが我々のもの(nostrum)である(est)。
<和訳>
誰か知っているなら教えてほしい。誰が時間にそれだけの価値を認めているか。誰が毎日の価値評価をしているか。自分が一日一日と死につつあることを誰が理解しているか。実際、私たちの勘違いは私たちが死を遠くに見ていることにある。だが、その大部分はすでに過ぎ去ってしまっており、通り過ぎた年月はすべて死の掌中にある。だから、わがルーキーリウスよ、君がなすべきは君が行っていると手紙に記されていること、一時間たりとも無駄に費やさないことだ。明日を当てにすることを少なくしようとするためには、今日をしっかりと確保しておけばよい。先延ばししているあいだに人生は走り過ぎてしまうのだから。ルーキーリウスよ、あらゆるものは他人のものだが、時間だけは私たちのものだ。(岩波書店、高橋宏幸訳)