Nec vero terrae ferre omnes omnia possunt.

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ウェルギリウス

語句と文法

「ネク・ウェーロー・テッラエ・フェッレ・オムネース・オムニア・ポッスント」と読みます。
necは「そして~でない」を意味します。omnesを否定します。いわゆる部分否定になります。
veroは「しかし」を意味する接続詞です。
terraeは terra,-ae f.(土地)の複数・主格です。文の主語です。
ferreは不規則動詞fero,ferre(生む)の不定法・能動態・現在です。
omnesは第3変化形容詞omnis,-e(すべての)の女性・複数・主格です。terraeにかかります。
omniaは第3変化形容詞omnis,-e(すべての)の中性・複数・対格です。ferreの目的語です。名詞扱いされています。「すべてのものを」。
possuntは不規則動詞 possum,posse(~できる)の直説法・能動態・現在、3人称複数です。
「しかし(vero)すべての(omnes)土地が(terrae)すべてのものを(omnia)生むことは(ferre)でき(possunt)ない(Nec)」と訳せます。
原文では、それぞれの土地はそれぞれの土地にふさわしい作物を生み出すという意味のことが言われています。
ウェルギリウスの言葉です。

余談:補足説明

否定辞Nec以下だけに着目すると、「すべての土地はすべてのものを生むことができる」と訳せます。これは前作『牧歌』第4歌で描いた黄金時代を特徴づける表現(Ecl.4.39 omnis feret omnia tellus. すべての土地がすべてを生むだろう)を想起させます。

Necは、「今は黄金時代<ではない>」と伝えているようです。実際、『農耕詩』における重要な主張の一つは、第1巻のはじめで表されるように、「今はユッピテルの支配する時代(=ヘシオドスの描く鉄の時代(種族の時代)を思わせる)である、ということです。

しかし、Necの働きは「部分否定」である点に注意が必要です。詩人は「今は黄金時代ではない」と述べたいのではなく、現代は、「何もしなくてもすべての収穫が手に入る」黄金時代とは異なり、また、悲惨で惨めな「鉄の時代」とは異なり、多様性が特徴づける(ある意味)豊かな可能性を秘めた時代(知恵と工夫と労働を尽くせば実現できる)だと示唆しているように思われます。

ウェルギリウス

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この記事を書いた人

ラテン語愛好家。京都大学助手、京都工芸繊維大学助教授を経て、現在学校法人北白川学園理事長。北白川幼稚園園長。私塾「山の学校」代表。FF8その他ラテン語の訳詩、西洋古典文学の翻訳。キケロー「神々の本性について」、プラウトゥス「カシナ」、テレンティウス「兄弟」、ネポス「英雄伝」等。単著に「ローマ人の名言88」(牧野出版)、「しっかり学ぶ初級ラテン語」、「ラテン語を読む─キケロー「スキーピオーの夢」」(ベレ出版)、「お山の幼稚園で育つ」(世界思想社)。

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