ハーモニーとメロディー

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ハーモニーとメロディー

昨今、街頭には様々な音が氾濫している。身勝手に発せられる種種雑多な音は、「不協和音」(cacophony )としてわれわれの心身にストレス(stress)を与えてはばからない。一方、都会の喧噪を離れ、ひとたび自然の懐に分け入れば、そこには、自然のメロディ(melody)が聞こえてくる。小川のせせらぎ(music of a brook)はリズミカルな(rhythmical)鳥の歌声(song of birds)と絶妙のハーモニー(harmony)を奏でている。こだま(echo )が聞こえるのも、山全体が静けさに包まれている何よりの証拠である。

古代ギリシアと音楽用語は切っても切れない関係にあるようで、今あげたハーモニー、メロディ、リズムは、いずれもギリシア語に由来する古雅な言葉である 。このうちハーモニーは音楽や色彩、人間関係の調和を意味している。日本語で用いられる「和」という漢字も、つくり旁の「口」という字が示すとおり、元来「人の声と声とが調和する」という意味を持つ。音の生み出すハーモニーと無縁な言葉ではない。

「調和」を意味する英語には、consonant もある 。この語は「ともに音を出す、ともに響く」という意味のラテン語 consono (コーンソノー)に由来し、「音」を意味するラテン語 sonus (ソヌス)とつながりを持つ。また、音楽用語で「同音」を意味し、併せて「一致、調和」を意味する unison も、「一つの(=uni ) 音(=son)」と分解できる。

sonus (音)と関連した単語には、「楽曲=ソナタ(sonata)」、「一四行詩=ソネット(sonnet)」がある。楽器が響き渡る音を出す場合、その様子を sonorous と形容するが、この英単語にも sonus が関係している。sonic は「音速の」という意味であり、supersonic は「超音速の」となる。今ふれた「ソニック」という音の響きから、ウォークマンでおなじみの SONY (ソニー)も「音」と関係した会社名だと推測できるが、この推測は当たっている。綴り字をよく見れば、Panasonic (パナソニック)という社名も同様である。

英語で「人」のことをパーソン(person)というが、この語はラテン語で「仮面」を意味するペルソナ(persona)に由来する。persona の語は、前置詞 per(貫いて)とsonus(音)にちなむ sona からできている。すなわち、口の穴を「貫いて」「音(声)」を出すもの=仮面という解釈が成り立つ。人間は仮面をつけた存在であるというより、むしろ、言葉を発して自らを特徴づける存在である、と考えてみたい。

さて、音楽用語の話題に戻ろう。先に触れた「メロディ(melody)」はギリシア語の「歌」(メローディア)に由来し 、「リズム(律動)」は「計測された動き」を意味するギリシア語リュトモスに遡る。

また、「合唱」のことを英語でコーラス(chorus)というが、この言葉はギリシア悲劇の合唱隊、すなわちコロスに起源を持つ。ギリシア悲劇においては、舞台前に用意された半円形の場所で合唱隊(コロス)が台詞を述べたり舞を踊ったりしたが、この場所はギリシア語でオルケーストラ(orchestra)と呼ばれた。

この場所は、ローマ時代に入ると、元老院議員を初めとする賓客用の席として用いられるようになった。現代の英語において、orchestra が劇場の一階の観客席全体(特に一階前方の上等席)を意味する用例があるのは、このローマ時代の用例の名残といえる。オーケストラがいわゆる管弦楽団を意味するようになったのは一八世紀の後半以降のことである。

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この記事を書いた人

ラテン語愛好家。京都大学助手、京都工芸繊維大学助教授を経て、現在学校法人北白川学園理事長。北白川幼稚園園長。私塾「山の学校」代表。FF8その他ラテン語の訳詩、西洋古典文学の翻訳。キケロー「神々の本性について」、プラウトゥス「カシナ」、テレンティウス「兄弟」、ネポス「英雄伝」等。単著に「ローマ人の名言88」(牧野出版)、「しっかり学ぶ初級ラテン語」、「ラテン語を読む─キケロー「スキーピオーの夢」」(ベレ出版)、「お山の幼稚園で育つ」(世界思想社)。

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