オデュッセウスは、トロイア戦争を終え、故郷に帰る途中、アルキノオスの国に漂着します(アルキノオスの娘がナウシカア)。彼は王に促されるまま、それまでのいきさつを語りますが、そのエピソードの一つに、冥界をおとずれる話があります(第11歌)。
ウェルギリウスはこのエピソードをもとに、『アエネイス』第六巻において、アエネアスが父アンキセスに会うために冥界に降りる話を創作しました。
オデュッセウスは、亡くなった預言者テイレシアスの言葉を聞くために冥界に降りますが、そこで アガメムノンの亡霊に出会います。彼は妻(クリュタイメストラ)に殺された一部始終を物語った後、次のように述べます。
「さればおぬしも、妻といえどもうっかり気を許してはならぬぞ。おぬしがよく承知していることでも、すべてを打ち明けてはならぬ。一部は話してもよいが、一部は隠しておくことじゃ。だがオデュッセウスよ、おぬしは妻の手にかかって殺害されるようなことはあるまい。イカリオスの娘、聡明なペネロペイアは、まことに思慮深くよい分別をお持ちだからな。」
ここでは、夫を殺した妻クリュタイメストラと、貞淑な妻ペネロペイアの対比が浮彫りになります。(オデュッセウスは、ペネロペイアの近況について、すでに情報を得ています。アガメムノンの亡霊に会う前に、亡くなった母の霊と出会い、彼女から妻の無事を確かめていました。)
アガメムノンの次に、アキレウスの亡霊と出会いました。オデュッセウスは「死者の間で権勢を誇っている」アキレウスを見て、「死んだとて決して嘆く必要はない」と述べます。この言葉に、アキレウスは、
「わたしの死に気休めをいうのはやめてくれ。世を去った死人全員の王となって君臨するよりも、むしろ地上にあって、どこかの、土地の割り当ても受けられず、資産も乏しい男にでも雇われて仕えたい気持ちだ。」
といいます。
『イリアス』で描かれたアキレウス像と対照的な男の言葉が聞かれます。しかし、この言葉こそ、故郷に帰って家族と再会を遂げようとする、オデュッセウスの生き方と響き合う考えを示唆しているようです。
引用文は岩波文庫の松平千秋訳を使わせていただきました。
イリアス〈上〉 (岩波文庫)
ホメロス Homeros