ローマの詩人ウェルギリウスは、叙事詩『アエネーイス』(アエネーアースの物語)をかきました。アエネーアースはトロイアの王子でしたが、ギリシア軍との戦いに敗れ(これがトロイア戦争で、ホメーロスが『イーリアス』の中で描いています)、祖国を脱出しイタリアを目指します。第1巻の冒頭は次のように始まります。
私は戦争と一人の英雄(=アエネーアース)を歌おう。運命(さだめ)によって亡命者となり、初めてトロイアの岸辺からイタリアへ、そしてラウィニウムの海岸にたどり着いた英雄を。彼は神々の力によって、陸地においても海の上でも大いに翻弄され、残忍なユーノーの解けぬ怒りのため、戦闘においても多大の辛酸をなめたが、ついには都(=ラウィニウム)を建設し、神々をラティウムの地にもたらした。ここからラティーニー人、アルバの長老たち、高きローマの城塞も誕生する。(1-7)
ここには、アエネーアースをローマの建国者とする考えが示されます。アエネーアースは、トロイアの落ち武者ですが、その彼がローマを建国するというのです。「運命(さだめ)によって亡命者となり」という表現は、ローマの建国とその永遠の発展をよしとするユピテル(ギリシア神話のゼウスにあたる)の意志(fatum(ファートゥム)はユピテルの意志の別名とみなされます)によって、アエネーアースは結果的にギリシアを脱出し、イタリアにやってくる、という解釈を示すものです。
ユーノー(ギリシア神話のヘラ)の怒りというのは、いわゆる「不和のりんご」(パリスの審判)に端を発します。ユーノーの怒りを買う英雄の代表としては、ヘーラクレースが有名です。事実、アエネーアース自身、ヘーラクレースを手本とするよう忠告されます。
1-33の序歌は作品全体の目次のような役目を果たしています。短い表現の中に多くの情報が凝縮されています。散文と異なり、言葉の響きあいや単語の配列の工夫など、様々な技術を駆使しながら、詩人は1万行の詩の中で、永遠のローマにふさわしい永遠の作品を残そうと努めました。
定番の岡・高橋訳で通読するもよし、原典講読に挑戦するもよし、どちらにせよ、序歌を丁寧に読まないことには先に進めません。
第1巻序歌に特化した注釈を書きました(Kindle 出版)。
一字一句の文法と語彙の説明を詳述し、逐語訳、意訳、韻律の説明、文法のまとめ、単語集を付けてあります。