「ホラーティウスの運命観」

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ホラティウスは、Necessitasを「死の定め」という意味で用いています。身分の上下を問わず、死は確実に訪れます。富や財産は追求しても空しい対象でしかなく、追い求めるとかえって、「恐怖」、「脅し」、「苦悩」に苛まれます。

では、詩人にとってかけがえのない価値とはなんでしょう。それは、次の詩の「農夫らの穏やかな眠り」という表現が、的確に象徴していると思われます。運命があてにならないという認識、金銭の多寡にこだわらないという心がけなどは、すでにご紹介したホラティウスの他の詩にも共通してみられます。たとえば、「カルペ・ディエム」などをご参照ください。

I

Odi profanum volgus et arceo.
Favete linguis: carmina non prius
audita Musarum sacerdos
virginibus puerisque canto.

Regum timendorum in proprios greges, 5
reges in ipsos imperium est Iovis,
clari Giganteo triumpho,
cuncta supercilio moventis.

Est ut viro vir latius ordinet
arbusta sulcis, hic generosior 10
descendat in campum petitor,
moribus hic meliorque fama

contendat, illi turba clientium
sit maior: aequa lege Necessitas
sortitur insignis et imos,
omne capax movet urna nomen. 15

Destrictus ensis cui super impia
cervice pendet, non Siculae dapes
dulcem elaboratum saporem,
non avium citharaequecantus 20

Somnum reducent: somnus agrestium
lenis virorum non humilis domos
fastidit umbrosamque ripam,
non Zephyris agitata tempe.

Desiderantem quod satis est neque 25
tumultuosum sollicitat mare,
nec saevus Arcturi cadentis
impetus aut orientis Haedi,

non verberatae grandine vineae
fundusque mendax, arbore nunc aquas 30
culpante, nunc torrentia agros
sidera, nunc hiemes iniquas.

Contracta pisces aequora sentiunt
iactis in altum molibus: huc frequens
caementa demittit redemptor
cum famulis dominusque terrae 35

fastidiosus: sed Timor et Minae
scandunt eodem quo dominus, neque
decedit aerata triremi et
post equitem sedet atra Cura. 40

Quod si dolentem nec Phrygius lapis
nec purpurarum sidere clarior
delenit usus nec Falerna
uitis Achaemeniumque costum,

cur invidendis postibus et novo 45
sublime ritu moliar atrium?
Cur valle permutem Sabina
divitias operosiores?

『カルミナ(歌章)』(3.1)
私は俗衆を厭い遠ざける。汝らは沈黙を守るがよい。 未だ聞かれざる歌をムーサイの神官たる私が若き男女のために歌う(4)。

恐るべき王の支配がその民衆に及ぶように、ユピテルの支配は、 王その人にも及ぶ。巨人族への勝利に輝き、万物をその眉によって 動かすユピテルの支配は(8)。

他人より広いブドウ畑を畝によって整える者がいるように、 ある男は他人より高貴な生まれの候補者として選挙に臨み、 ある男は他人よりすぐれた人柄と名声を武器に票を競い、 またある男は他人より大きな子分の集団を持つ。

だが「運命」は、公平な法則によって、 秀でた者にも低い者にも同じ分け前を与える。 容量の大きいくじの壷は、すべての名前を振り動かす(16)。

罪深い頭の上に剣が抜かれつるされていると、 シキリアのごちそうも美味を生み出すことはない。 鳥のさえずりや竪琴の歌もその者に眠りを取り戻してくれないだろう。 農夫らの穏やかな眠りは、賎しい家も、陰多き岸辺も、 西風にかき乱されたテムペの谷間をもいとわない(24)。

十分に足りるものだけを求める者を、逆巻く海も、 沈む牛飼い座や昇る山羊座の狂暴な急襲も、雹(ひょう)に 鞭うたれたブドウ畑も困らせることはない。 また、雨や畑を焦がす星々、あるいは厳しい冬に罪を なすりつける木々をもつ、そんな当てにならぬ畑も、 彼を困らせることはない(32)。

魚たちは、沖に礎石が沈められ、海が狭められたと感じている。 奴隷を連れた請負人と、大地に飽きた地主が、こぞってここへ 切石を沈めているからだ。しかし「恐怖」と「脅し」は、 主人が高所に昇ればその後にぴったりつき従い、黒い「苦悩」も 青銅張りの三段櫂船から去らず、 馬に乗った主人の背中に同乗している(40)。

だからもし、プリュギアの大理石も、星よりきらびやかな緋衣も、 ファレルヌスのぶどう酒も、ペルシアの香木も、悩める人を 喜ばさないならば、なぜ私は羨望を呼ぶ門構えと新しい様式を 備えた邸宅を建てるだろうか。 なぜサビーニーの谷を厄介な富と取り替えるであろうか(48)。

ホラティウス全集
鈴木 一郎

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この記事を書いた人

ラテン語愛好家。京都大学助手、京都工芸繊維大学助教授を経て、現在学校法人北白川学園理事長。北白川幼稚園園長。私塾「山の学校」代表。FF8その他ラテン語の訳詩、西洋古典文学の翻訳。キケロー「神々の本性について」、プラウトゥス「カシナ」、テレンティウス「兄弟」、ネポス「英雄伝」等。単著に「ローマ人の名言88」(牧野出版)、「しっかり学ぶ初級ラテン語」、「ラテン語を読む─キケロー「スキーピオーの夢」」(ベレ出版)、「お山の幼稚園で育つ」(世界思想社)。

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