「コンスウェートゥードー・コンキンナト・アモーレム」と読みます。
consuētūdōはconsuētūdō,-dinis f.(習慣)の単数・主格で、文の主語です。
concinnatはconcinnō,-āre(引き起こす、生む、もたらす)の直説法・能動態・現在、3人称単数です。
amōremはamor,-ōris m.(愛)の単数・対格です。
「習慣は愛をもたらす」と訳せます。
ルクレティウスの『事物の本性について』に見られる表現です(4.1283)。
前後の文脈は次の通りです。
時として、容姿の劣る女が愛されるのは、
神々の意志によるものでも、ウェヌスの矢によるものでもない。
その女が折にふれ、自らのふるまいや 一二八〇
従順な態度、きちんとした身だしなみによって、
男を自然に自分との暮らしに慣れさせるからである。
さらに言えば、習慣が愛を育むのである。
実際、どんなに軽い打撃でも、繰り返し
加えられれば、長い歳月のうちに屈し、ついには崩れる。 一二八五
岩に落ちる水滴ですら、長い時間をかければ、
その岩を穿つのを、われわれは目にするではないか。
最後の二行は次のラテン語の訳です。
nonne vides etiam guttas in saxa cadentis
umoris longo in spatio pertundere saxa?
直訳はこうです。
あなたは見る(vidēs)、岩(saxa)に(in)落ちる(cadentis)雨の(umoris)しずく(guttas)さえ(etiam)、長い(longo)期間(spatio)の中で(in)岩に(saxa)穴をあけるのを(pertundere)。
「水滴石穿(すいてきせきせん)」という言葉を思い出します。
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