エッセイ

Nemo fortunam jure accusat. 誰も運命を正当に非難できない

Nemo fortunam jure accusat.

スポーツに「たられば」は禁物です。「ああしたら負けなかった」、「こうすれば勝てた」という言い訳や後悔は先に立ちません。正々堂々と勝負に挑み、負けたらその理由を何かのせいにしてはいけない。これがフェアプレイの精神です。同じことがスポーツ以外の日常生活についても言えるのではないでしょうか。

日頃の失敗やトラブルを他人のせいにしてはいけない。当たり前のことです。でも、運命についてはどうでしょうか。何かうまくいかないことがあると、自分は他人と比べて運が悪いと思う人は少なくないでしょう。表題の言葉はそれをとがめる格言です。

運が悪いと言わないまでも、自分が運命として授かった諸条件に不満を持つ人もいます。様々な人間関係、身体や生まれつきの性格などなど。

最初から自分の運命に満足する人はいないでしょう。よくよく考え、悩んだあげく、なぜああでなくてこうなのか、と自分の運命を見つめ、受け入れることができれば大成功。すべての条件はよくも悪くも解釈できます。ある条件を「だからダメなんだ」と考えるのか、「だからいいんだ」と思えるか。表題の言葉を言い換えると、運命を肯定的に受け止めることは正当なことである、となると思います。言うは易く行うは難しですが。

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