エッセイ

Mors certa, hora incerta. 死は確実、時は不確実

Mors certa, hora incerta.は文の構造自体は簡単ですが、ラテン語の練習問題に出てくると訳せそうで訳せません。まず、動詞がありません。英語の is にあたる est が省略されています。省略しなければ、Mors certa est, hora incerta est.となります。

次に、表題は日本語に訳したとおり、「死は確実、時は不確実」という意味ですが、英訳ですと Death is certan, ( ) hour is not. となり、この空欄には its を入れる必要があります。言い換えると、ラテン語にはこの its にあたる言葉 ejus が省かれています。元のラテン語は4語から成りますが、英訳すると7語に増えるのはこのような理由からです(英語は動詞2語、人称代名詞1語を補っている)。

ちなみに日本語訳でも「時は」の前に「その」という言葉を補ったほうが意味は鮮明になりますが、格言としては普通補いません。同様に、動詞の「です」も省くほうが自然です。一方、英語の場合、is や its を省かないほうが普通です。ただそうなると、表題の英訳は日本語に直すと「死は確実です。その時は不確実です」とするようなもので、意味は鮮明ですが、その分冗長に見えます。

格言に限らず、ラテン語は言葉を省略する傾向があります。その分語彙の抑制につながり重厚感も出ますが、逆に意味が不明瞭になるおそれもあります。「ラテン語は明晰な言語」という言葉を聞くことがありますが、私は経験上そうは思いません。ラテン語のどこが難しいかと言われて、今見たように「省略された言葉を補う力」が問われる点だと感じています。

表題のラテン語についても、自分で「hora(時) というのは mors(死) の hora(時) のことだ」と納得できなければ、この文の言わんとすることがつかめないままで終わります。その場合、問われているのはラテン語の力というより日本語の力です。日本語にしても、「死は確実、時は不確実」だけを見て、意味がすぐに理解できる人もいれば、そうでない人もいます。これはラテン語の文法をいくら学んでも、また辞書をいくら調べても培えるものではありません。逆に言えば、この言葉を補う力があれば、ラテン語を読む際に生かせるということです。

さて、余談が長くなりましたが、、表題の内容についてはいわゆる「死を思え」(Memento mori.)や「今を生きよ」(Vive hodie.)のモチーフと捉えることが出来ます。「死は確実に訪れる。それがいつかはわからない。だから今を精一杯生きよ」と訴えているわけです。

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