西洋古典

誰にとっても自分のものが一番愛しい:キケロー

2011年6月6日

キケローは「誰にとっても自分のものが一番愛しい」(Suum cuique pulchrum est.)と述べました。

この言葉と呼応するかのように、セネカは「祖国を愛するのは偉大だからではなく自分の国だからだ。」(Nemo patriam quia magna est amat, sed quia sua.)と喝破しました(セネカ『書簡集』)。

この言葉はなかなか意味深長です。「祖国」や「偉大」を別の言葉に置き換えてみましょう。たとえば人間関係について。人には長所も欠点もあります。人が誰かを愛するとき、普通は相手の美点が愛する理由になると考えます。もしそうであれば、相手の欠点が目に付くとき、愛はさめることになります。一見、これは常識のようです。

では、その相手がわが子であるとしてみましょう。子の欠点が目に付くとき、親は子を愛さなくなるのでしょうか。セネカの言葉に照らすとき、「親が子を愛すのは、美点が多いからではなく、自分の子であるからだ」となるでしょう。つまり、愛とは条件付の感情ではない、ということになります。

さて、表題とは正反対の表現があります。「われわれには他人のものが、他人にはわれわれのものがいっそう気に入る」(Alia nobis, nostra plus aliis placent.)というものです(プブリリウス・シュルス)。

強いて意訳すれば「隣の芝生は青い」となるでしょうか。

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