西洋古典

Non scholae sed vitae discimus. 学校のためでなく人生のために学ぶ:セネカ

一般に表題の形で知られますが、元になったのはセネカの言葉で、その表現は Non vitae sed scholae discimus. つまり、「われわれは人生のためでなく学派のために学んでいる」となっています。もちろん、それではいけないという意味です。

scholae は「学校のため」と訳してもよいでしょう。綴りでおわかりのように、schola は英語の school の語源です。元はギリシア語のスコーレー(閑暇)に由来します。ちなみにラテン語でも「暇」を意味する ludus は「学校」のほか、文学作品、楽器の演奏、芝居、演技、など、人間の文化的活動を幅広く意味しました。

さて、表題の言葉の趣旨は、教師や学校、特定の学派といった自分以外の他人のためにではなく、何よりも自分の人生のために学ぶべきである、ということです。動詞の discimus (われわれは学ぶ)を省略しても立派に格言として通用します。世界を見渡すと、この動詞抜きの形で標語に掲げる学校がいくつもあります。

なお、discimus を使った格言としては、Docendo discimus. (われわれは教えることによって学ぶ)が有名です。

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