授業メモ

2018-12-10 授業メモ

前回のテーマ:人はなぜ働くのか(2)


ウェルギリウスの『農耕詩』を読む。
『牧歌・農耕詩』 河津千代訳、未來社、1994年(1981年)。
『牧歌/農耕詩』 小川正廣訳、京都大学学術出版会〈西洋古典叢書〉。
1巻:天の運行と農作業。2巻:樹木の世話。3巻:家畜の世話。4巻:蜜蜂の世話。
4巻後半は「アリスタエウス物語」。>>「『農耕詩』の独創性――「アリスタエウス物語」の解釈をめぐって――
ヘーシオドスの『仕事と日』との比較から見えてくるウェルギリウス(BC70-BC19)による「労働観の改変」(1巻)。
罰としての労働から試練としての労働へ。「多様な技術の発展」を肯定する視点。
「人間にとって技術とは何か」(ユピテルの意志)
人間の喜びとしての労働。農夫の生活を理想化する。「農耕賛歌」(第2巻のエピローグ)。理想化された農夫の生活を称える文脈の中で、(A)自然哲学をテーマとする詩人と(B)田園の神々を敬う詩人の幸福観の対置が見られる。
補足:ローマの教訓叙事詩の伝統とルクレーティウス(BC94?-55?)の『事物の本性について』(De Rerum Natura)。
『物の本質について』樋口勝彦訳、岩波文庫、1961年。
「死は我々にとってなにものでもない」
ルクレテーィウスによる黄金時代解釈」。
快楽主義者エピクロス(BC341年–270年)の哲学について。
『エピクロス―教説と手紙』出 隆、岩崎 允胤(訳)、岩波文庫、1959年。
「もたず、求めず、気をもまず」(エピクロス哲学的価値観)。

今日のテーマ:自分とは何か


γνῶθι σεαυτόν / Cognosce te ipsum.(汝自らを知れ)
ウェルギリウスの「農耕詩」第三巻序歌(訳)を読む。
「オルペウスとエウリュディケ」(第4巻)
(参考)「イザナギ、イザナミ」の物語。妻の死後、冥界で妻に会う夫。「妻の姿を見てはいけない」。約束を守れない夫。
オルペウスは one of themでなくonly oneを愛する。個に執着する愛の愚かしさ?(ルクレテーィウスによるamorの批判)。

冷たくなった舌が、「ああ、あわれなエウリュディケよ!」と呼ぶと、川岸はいっせいにエウリュディケとこだました。

アリスタエウスは己のlaus(誉れ)を保証する蜜蜂を失い悲しむ。only oneを失う悲しみとは異なる。ars(ブゴニア=蜜蜂再生の技術)発見。死による悲しみを克服した?

「事物の根元を知り、すべての恐怖と、祈りを拒絶する運命と、アケロン(冥界)の絶えることのない喧噪とを、足下に踏み敷くことのできた人は幸いである。」(「農耕賛歌」)

『農耕詩』におけるスプラギス(印章)。

「私は畑の耕作、家畜の飼育、また樹木について歌った.一方偉大なるカエサル(アウグストゥス)は、底深きエウフラテス川の傍らで、戦の雷を放ち、勝利者として服従する人民に法を与え、天への道を目指して進んだ.その間、うるわしきパルテノペは誉れなき閑暇の仕事において活躍した私ウェルギリウスを養ってくれた.その私とは、かつては牧人の歌を戯れに歌った者である.若き日に大胆にもティテュルスよ、枝を広げたぶなの木の下でおまえを歌った者である」(4.559-566).

来週のテーマ:運命とは何か

『アエネーイス』を読む。
『アエネーイス』 岡 道男・高橋 宏幸(訳)、京都大学学術出版会、2001年。

授業を終えて

たくさんの前提をふまえての議論となったので、難しいという印象をもたれたことでしょう。今日のお話をめいめいが総括する上でヒントを述べます。ご紹介したウェルギリウスのいくつかのエピソード(へーローとレアンドロスの話からオルペウス・エウリュディケー、アリスタエウスの物語など)は、果たして黄金時代に成り立つエピソードかどうか、また、「もたず、求めず、気をもまず」の方針で「アタラクシア」(いわば心の黄金時代的平和)を実現した人に起こり得る話だったか、と問うてみてください。ウェルギリウスは、「すべての土地がすべてを生むのではない」と述べ、今が多様性の時代であることを暗示しますが、言い換えると、「自由」と「責任」の時代になったことを告げているように解釈できます。

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