戦争と平和

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戦争と平和

「戦争」を表す英単語といえば war を思いつく人が多いでしょう。「戦争と平和」といえば、War and Peace というフレーズになります。ジョージ・ルーカス監督の映画「スター・ウォーズ」(Star Wars)のタイトルにも入っている言葉です。war の語源は古いドイツ語(Old High German)で「争い」を意味する werra という語に求めることができるようです。

一方、ラテン語で「戦争」といえば、まっさきに arma (アルマ)という言葉が思い浮かびます。ウェルギリウス(1)は、『アエネイス』の第一巻冒頭を「私は戦争と一人の英雄を歌う。」(Arma virumque cano.)という言葉で始めました。arma は「戦争」と「武器」の二つの意味があります。英単語ですと、arm (兵器)、armor(よろい、甲冑)などがこの言葉から誕生しました。また 「武装させる」という意味を持つ armo (アルモー)というラテン語から Armada (スペインの無敵艦隊)、armadillo (アルマジロ(2))、armament (軍備)、army (軍隊)といった言葉ができました。

なお、「腕」のことを英語で arm といいますが、この言葉はラテン語で「肩」を意味する armus (アルムス)に由来します。実は、この armus 自身が「武器」を意味する ラテン語 arma の語源になっています。つまり、英語の arm は同じ綴りで「腕」と「武器」の二つの意味を表すことができますが、語源的に見た場合、これら二つの単語は密接に関連していたと言うわけです。

ラテン語で「戦争」を意味する言葉はまだあります。カエサルの『ガリア戦記』(3)は、英語ではふつう The Gallic War と訳されますが、ラテン語のタイトルは Commentarii de bello Gallico (ガリア戦争に関する覚書)となっています。つまり、ラテン語の bellum (ベッルム)は、英語の war に対応し「戦争」を意味しています。

このラテン語 bellum から生まれた英単語として、antebellum(戦前の)と postbellum (戦後の)という二つの単語を紹介しましょう。ante はラテン語の前置詞ですが、英語の before という意味を持ち、post は after に対応します(4)。それぞれに bellum (戦争)という言葉がくっつくことで二つの相反する形容詞が生まれました。

このほかにも、「好戦的な」を意味する bellicose やbelligerent といった英単語もそのつづりを見れば、 ラテン語の bellum が見えてきます。ちょっと気づきにくいのですが、「反逆者」という意味の rebel という語も bellum と関連しています。つまり「再び戦争する者」という意味の rebellis (レベッリス)というラテン語からできた単語です。なお、蛇足ですが、ローマ神話でベッローナといえば軍神マルスの妹で、戦争の女神です。つづりは Bellona。この女神の名も bellum と関連しているわけです。

次に、「平和」を意味する英単語 peace に目を向けましょう。この言葉の語源を調べると、それはラテン語の pax (パークス)であることに気づきます。Pax Romana (パークス・ローマーナ)といえば、「ローマの平和」と訳すことができますが、ローマ帝国によって維持された平和のことを指す言い方です。これを応用して Pax Americana (パークス・アメリカーナ)という表現ができました。アメリカの力で実現する平和という意味合いです。pax に関連した英単語としては pacify (平和にする)という動詞やその形容詞形 pacific (平和な)といった語があります。「太平洋」のことを the Pacific と表現しますが「穏やかな海」というニュアンスが込められているのでしょう。 あと、pacifist (平和主義者)という言葉もあります。また appease (なだめる)という英単語の pease の部分は、 pax の変化した形として理解できます。

一方、ラテン語において「合意する」という意味をもつ動詞 pacisco (パキスコー)も、語の成り立ちから見てpax と深く関連しています。この動詞の完了分詞は pactum (パクトゥム)ですが、そこから pact(国家間の協定)という英単語が生まれました。「平和条約」は英語で peace pact といいます。意外なのは、英単語の pay (支払う)と pax の関連です。すなわち、pay の語源は、「平和にする」という意味のラテン語の動詞 paco (パーコー)ですが、「金銭を支払うことで相手の心を平和にする」というニュアンスが込められているのではないかと想像されます。

(1) ローマを代表する詩人。「アエネイス」はローマ建国を主題とした12巻からなる叙事詩。
(2) アルマジロは、「武装したもの」という意味になる。
(3) カエサルが将軍として戦ったガリア平定の戦いの全記録。
(4) 手紙の末尾に書く PS という文字は、ラテン語の post scriptum の略語で、「(本文が)書かれた後に」という意味。

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この記事を書いた人

ラテン語愛好家。京都大学助手、京都工芸繊維大学助教授を経て、現在学校法人北白川学園理事長。北白川幼稚園園長。私塾「山の学校」代表。FF8その他ラテン語の訳詩、西洋古典文学の翻訳。キケロー「神々の本性について」、プラウトゥス「カシナ」、テレンティウス「兄弟」、ネポス「英雄伝」等。単著に「ローマ人の名言88」(牧野出版)、「しっかり学ぶ初級ラテン語」、「ラテン語を読む─キケロー「スキーピオーの夢」」(ベレ出版)、「お山の幼稚園で育つ」(世界思想社)。

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