タイタニック

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タイタニック

ハリウッド映画でおなじみになったタイタニック号 のつづりはTitanic であるが、この言葉は同時に、「巨大な」という意味を持つ。それもそのはず、Titanic の語源は、ギリシア神話の巨人族の名前(ティーターン)に遡るのである 。化学でチタニウム(Titanium)という金属元素があるが、これも今触れたTitan と関連をもっている。

「大きい」と言えば、giant(ジャイアント)もギリシア神話と関係を持つ。神々の王ゼウスに対して戦いを挑んだ一族がギガース(Gigas)族 であり、giant の語源となっている。ちなみに、人類で初めて月面に着陸したアームストロング船長は、この giant という形容詞を用いて、That’s one small step for a man, one giant leap for mankind.(一人の人間にとっては一つの小さい一歩だが、人類にとっては大きな一歩である)という言葉を残した。

「大きい(長い)」を意味するギリシア語としては、macro(マクロ) にも注目したい 。この言葉は、英単語においては macrobiotic ( 長寿の) 、macrocosm(大宇宙)、macroeconomics(マクロ経済学)、macroscopic(巨視的な)などのように、他の言葉と連結されて用いられる。macro の反意語に当たる micro(ミクロ)は、「マクロ」以上におなじみのギリシア語と言える。小型バスのことを「マイクロバス(microbus)」と言うし、司会や歌手が使う「マイク」は microphone の略語である。

一方、ラテン語で「大きい」を意味する magnus も、ほとんどそのままの綴り字で英単語に取り入れられている。地震の規模を表す「マグニチュード(magnitude)」、magnify (大きくする、拡大する)、magnificent(壮大な、雄大な)などが例として挙げられる。文学や芸術の最高傑作のことを magum opus (英語の発音ではマグナム・オーパス)と言うが、これはラテン語で「偉大な作品」を意味している 。

冒頭のタイタニック号の話題に戻ると、この船は当時の最高の技術を結集して出来たものであったが、人間のわずかの油断によって沈没したのである。ギリシア神話においても、人間が己の技術を誇るとき、慢心から悲劇が生まれる事例には事欠かない。有名なところでは、空飛ぶ翼を操るイカロス のエピソードが挙げられる。彼は、父親 の発明した翼をつけて大空を自由に飛ぶことが出来たが、父の忠告を忘れて太陽に近づきすぎたため、翼を留めていた蝋が溶けて真っ逆さまに墜落した。その場所は彼の名にちなんで現在も「イカリア海(Icarian Sea)」と呼ばれている。また、彼の名はIcarianという形容詞として「向こう見ずな」人間を意味する英単語になっている。日本語では「おごれる者はひさしからず」というが、英語では Pride goes before a fall.という。イカロスのエピソードを見事に要約した表現になっている。

一方、タイタニック号が沈みゆく場面を思うとき、何はなくとも自由に呼吸ができる自分を発見する。このことに関連して、ラテン語にはDum spiro, spero.(私は息をする間希望をもつ)ということわざがあるが、英語では While there is a life, there is a hope. (命ある限り、希望あり)と表現される。「息」はラテン語で spiritus (スピーリトゥス)といい、英語のspiritの語源になっている。spirit は同時に「やる気」を意味する 。「息をする」実感があらゆる活動の基礎(=やる気)につながるのかもしれない。喜びも悲しみも、生きていればこそ、である。

同じくラテン語のことわざに、Dum fata sinunt vivite laeti.(運命が許す間、喜々として生きよ)という言葉がある。時には深呼吸をし、運命によって生かされている事実をかみしめたい。

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この記事を書いた人

ラテン語愛好家。京都大学助手、京都工芸繊維大学助教授を経て、現在学校法人北白川学園理事長。北白川幼稚園園長。私塾「山の学校」代表。FF8その他ラテン語の訳詩、西洋古典文学の翻訳。キケロー「神々の本性について」、プラウトゥス「カシナ」、テレンティウス「兄弟」、ネポス「英雄伝」等。単著に「ローマ人の名言88」(牧野出版)、「しっかり学ぶ初級ラテン語」、「ラテン語を読む─キケロー「スキーピオーの夢」」(ベレ出版)、「お山の幼稚園で育つ」(世界思想社)。

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