ニーススとエウリュアルス

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『アエネイス』第9巻(訳)

420
残忍なウォルケンスは荒れ狂う。が、槍を投げた男の姿を認めることができず、怒りに燃えながらもどこに突進すべきかがわからなかった。「それでは、おまえ(=エウリュアルス)の熱い血で二人(スルモとタグス)を殺した罪のつぐないをするのだ。」と言い放つや、ウォルケンスは剣を引き抜き、エウリュアルスに向かって突進した。
424
そのとき、恐怖におののきながら、狂ったようにニーススが叫んだ。もはや闇の中に己を隠しきることも、これ以上の悲痛な思いにも耐えかねて。「おれだ。このおれだ。槍を投げた男はここにいる。剣はこのおれに向けるがいい。ルトゥリー人よ、すべてはおれの罪なのだ。その男が企てたのではない。そいつにはできもしない。この空と、すべてを知る星々にかけて誓う。その男は、この不幸な友(=エウリュアルス)をただ愛しすぎただけなのだ。」
431
ニーススはこのように叫んだ。だが力を込めた敵の剣は、エルリュアルスのあばら骨を貫き、白く輝く胸を張り割いた。エウリュアルスは死の闇の中をさまよった。かれの美しい体の上には血潮が流れ落ち、両肩にはうなだれた首が沈み込む。さながら真紅の花が鋤によって切りとられ、生命(いのち)を失って精気を落とすように。あるいは突然の雨に、罌粟(けし)の茎が重くうなだれ、花の部分を地に落とすように。
437
だがニーススは敵軍のまっただ中に突進し、あまたの敵兵の中、ひとりウォルケンスを目指し、ウォルケンスひとりに精神を集中した。ニーススの周りには敵兵が押し寄せ、あちこちから白兵戦で攻めかかってくる。ニーススはこれをものともせずに、きらめく剣を振り回し、ついには叫び声をあげて向かい来るルトゥリ人(ウォルケンス)の顔に剣を埋め込んだ。こうして自ら命を落としながらも、敵(かたき)の魂を奪い取った。同時に敵兵に切り刻まれながら、すでに魂の抜けた友(エウリュアルス)の死骸の上におのが体を投げ出した。こうしてニーススは、安らかな死の中に休息を得た。
446
幸福な二人よ。もし私の歌にいくばくかの力があるのなら、いかなる日もおま えたちを時の記憶から奪い去らないだろう。アエネアスの館がカピトリウムの 不動の巌(いわお)のそばにあり、父たるローマ人が地上の支配権を握る限りは。

アエネーイス (西洋古典叢書)
ウェルギリウス 岡 道男
4876981264

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この記事を書いた人

ラテン語愛好家。京都大学助手、京都工芸繊維大学助教授を経て、現在学校法人北白川学園理事長。北白川幼稚園園長。私塾「山の学校」代表。FF8その他ラテン語の訳詩、西洋古典文学の翻訳。キケロー「神々の本性について」、プラウトゥス「カシナ」、テレンティウス「兄弟」、ネポス「英雄伝」等。単著に「ローマ人の名言88」(牧野出版)、「しっかり学ぶ初級ラテン語」、「ラテン語を読む─キケロー「スキーピオーの夢」」(ベレ出版)、「お山の幼稚園で育つ」(世界思想社)。

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