Mors certa, hora incerta. 死は確か、時は不確か

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メメントモリ

墓碑銘に刻まれる言葉です。メメントモリカルペディエムに通じる表現です。

語彙と逐語訳

「モルス・ケルタ・ホーラ・インケルタ」と読みます。
morsは「死」を意味する第3変化名詞 mors,mortis f.の単数・主格です。
certaは「確かな」を意味する第1・第2変化形容詞 certus,-a,-umの女性・単数・主格です。
hōraは「時」を意味する第1変化名詞 hōra,-ae f.の単数・主格です。
incertaは「不確かな」を意味する第1・第2変化形容詞 incertus,-a,-umの女性・単数・主格です。
morsもhōraも女性名詞・単数・主格なので、対応する形容詞も女性・単数・主格となり、性・数・格が一致しています。
直訳は、「死は確か、時は不確か」です。
動詞として est(不規則動詞sumの直説法・現在、3人称単数)が省かれています。
Mors certa est.で「死は確かである」となります。
hōra incerta est.は「時は不確かである」となります。
hōraの次にmorsの単数・属格 mortisを補うと、hōra mortis incerta est.(死の時は不確かである)となり、意味が通ります。
我々が死ぬことは確かである。だが、いつ死ぬかはだれにもわからない、という意味でしょう。
墓碑銘に刻まれる言葉です。
省略されたmortis を補う力が試されます。

ラテン語の省略について

タイトルのMors certa, hora incerta.は文の構造自体は簡単ですが、ラテン語の練習問題に出てくると訳せそうで訳せません。まず、動詞がありません。英語の is にあたる est が省略されています。省略しなければ、Mors certa est, hōra incerta est.となります。

次に、日本語に訳すと「死は確か、時は不確か」となりますが、英訳は Death is certan, < > hour is not. となり、この空欄には its を入れる必要があります。言い換えると、ラテン語にはこの its にあたる指示代名詞 ējus が省かれています。元のラテン語は4語から成りますが、英訳すると7語に増えるのはこのような理由からです(英語は動詞2語、指示代名詞1語を補っています)。

ちなみに日本語訳でも「時は」の前に「その」という言葉を補ったほうが意味は鮮明になりますが、格言としては普通補いません。同様に、動詞の「です」も省くほうが自然です。一方、英語の場合、is や its を省かないほうが普通です。ただそうなると、表題の英訳は日本語に直すと「死は確実です。その時は不確実です」とするようなもので、意味は鮮明ですが、その分冗長に見えます。

格言に限らず、ラテン語は言葉を省略する傾向があります。その分語彙の抑制につながり重厚感も出ますが、逆に意味が不明瞭になるおそれもあります。「ラテン語は明晰な言語」という言葉を聞くことがありますが、私は経験上そうは思いません。ラテン語のどこが難しいかと言われて、今見たように「省略された言葉を補う力」が問われる点だと感じています。

表題のラテン語についても、自分で「hora(時) というのは mors(死) の hora(時) のことだ」と納得できなければ、この文の言わんとすることがつかめないままで終わります。その場合、問われているのはラテン語の力というより日本語の力です。日本語にしても、「死は確か、時は不確か」だけを見て、意味がすぐに理解できる人もいれば、そうでない人もいます。これはラテン語の文法をいくら学んでも、また辞書をいくら調べても培えるものではありません。逆に言えば、この言葉を補う力があれば、ラテン語を読む際に生かせるということです。

さて、余談が長くなりましたが、表題の内容についてはいわゆる「メメントモリ:死を思え」(Mementō morī.)や「カルペディエム:今日の日を摘み取れ」(Carpe diem.)のモチーフと捉えることが出来ます。「死は確実に訪れる。それがいつかはわからない。だから今を精一杯生きよ」と訴えているわけです。

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この記事を書いた人

ラテン語愛好家。京都大学助手、京都工芸繊維大学助教授を経て、現在学校法人北白川学園理事長。北白川幼稚園園長。私塾「山の学校」代表。FF8その他ラテン語の訳詩、西洋古典文学の翻訳。キケロー「神々の本性について」、プラウトゥス「カシナ」、テレンティウス「兄弟」、ネポス「英雄伝」等。単著に「ローマ人の名言88」(牧野出版)、「しっかり学ぶ初級ラテン語」、「ラテン語を読む─キケロー「スキーピオーの夢」」(ベレ出版)、「お山の幼稚園で育つ」(世界思想社)。

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